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神都防衛軍・地上人部隊隊長。それが今の私の肩書だ。
冒険者が自由を愛するとはいえ、防衛戦ともなれば最低限の指揮系統は必要となる。そして魔法戦士団所属の私は、アストルティア防衛軍の裏方として部隊運営にかかわった経験があった。
それを知るや否や、冒険者たちはこれ幸いと私に指揮官役を押し付けた。極めて民主的な多数決。抗うすべなし、なすすべなし。
幸い、熟練冒険者の多くが防衛軍経験者だったから、戦術指揮の方面ではさほど手間はかからなかった。
面倒なのは、こういう時にそれらしいセリフを言わねばならないことである。
リルリラがクスリと笑う。私は軽く咳払いし、ついでに酒で喉を潤してから語り始めた。
「ここにいる全員の協力のおかげで、天使と地上人の連携もとりあえず形にはなってる。まずは良しとすべきだろう。細かい部分は実戦と訓練を繰り返して、互いの得意分野を把握しながらすり合わせていけば必ず改善できる」
私は酒場を見渡す。人間族の剣士が、天使兵と肩を並べて私の話を聞いていた。
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何度かの共闘で、天使と我々のそれぞれに得手不得手があることはわかってきた。
一番わかりやすいのが空中での戦闘だ。
我々地上人も天星郷の技師からドルボードを改良してもらい、フォーリオン周辺限定とはいえ、高高度飛行が可能となった。が、空を飛べることと空中で戦えることは同じではない。
私は何度も空中からの射撃を試みたが、わかったのは空中では足の踏ん張りがきかず、思うように弓を操れないという当たり前の事実だった。
空中制動自体も、まだ完璧とは言えない。私には妙な癖があるらしく、飛行中に上を見上げようとすると無意識に体が上昇してしまうのだ。他の冒険者たちも五十歩百歩だった。唯一、元々羽根のあるエルフ族は比較的上手く操っているようだが、それでも戦闘に応用するなら数か月はみっちり修行を積む必要があるだろう。
ニャルベルトに至ってはドルボード自体に適正がないらしく、早々に諦めてプカプカと浮いていた。
「だいたい猫が空飛ぶなんておかしいのニャー!」
キャットフライが申し訳なさそうに通り過ぎていった。
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一方、天使達にも欠点がある。
空中からの集中攻撃には目を見張るものがあるが、敵に接近された際の反応が明らかに鈍いのだ。
普段ならば空中にのがれて再び遠距離から撃てばいいだろう。だがこれは防衛戦。敵の侵攻を身体を張って阻止する必要がある。その点において彼らは脆さを露呈した。
「高い所から一方的に攻撃するのに慣れすぎて、戦闘経験自体は少ないんだろ?」
ドワーフが酒を片手に皮肉った。ドワチャッカ直送の地酒には刺すようなえぐみがある。天使は沈黙を返さざるを得なかった。
「戦術においても同じことが言えますなぁ」
プクリポの術師が扇を翻す。酒と油の匂いが左右に舞う。
「目の前の敵に捕らわれすぎてはいけませんぞぉ」
付け髭をしごきながら軍師気取りで戦術を語る。そのしたり顔には辟易とするものが半数、かえって和むものが半数だったが、彼の見解自体は私の意見と一致していた。
先ほどの戦闘でも、天使は出現した敵に素早く対応したが、目の前の敵に集中するあまり、それを囮とした別部隊を見落としかけていた。腕前自体は確かだが、戦慣れしていない。そこが危うい所である。恐らく彼らにとって、この防衛戦が初の実戦なのだろう。
その意味で、地上の冒険者を戦力として派遣した協会の判断は妙手と言えた。
地上戦と戦術指南を冒険者達が、空中からの援護と強襲を天使兵がそれぞれ担当する。地に足をつけての接近戦と空からの立体的な援護射撃。これが嚙み合った時の戦果は先の戦いでも証明された通りだ。
「ですが、まだ甘~いのです! もっと効果的に組み合わせれば更なる戦果を……」
術師が酒気をかき混ぜながら熱弁する。プクリポの立体感のない鼻先が大分赤くなっていた。何杯目だ?
天使は呆れ顔を見せつつも、料理をつまみながらその演説を拝聴する。猫魔道は床で丸くなりながらその光景を眺めていた。
「何か天使って、聞いてたよりは随分素直だニャー」
猫がそう思うのも無理はなかった。
「以前はこうじゃなかったんだがな……」
リルリラと顔を合わせ、頷きあう。
サラダに添えられたグレープの苦みのある果肉を飲み込みながら、私は初めてこの都を訪れた頃のことを思い出していた。