対応が素直すぎる。私の一言に天使たちは戸惑いの表情を浮かべた。
「素直、というと?」
背中の翼は純白。それが美点であり欠点だ。
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私は酒を一口舐めて返答した。
「敵の仕掛けに対する反応が、だ」
「そこなのですよ!」
と、ザメハを受けたプクリポの術師が飛び起きたのはその時だった。彼は起き抜けに人差し指を天井向け、演説を開始した。
「制御装置を壊せば神殿の結界を解かざるを得ないことは明白。そうなれば神殿に戦力を集結させるのも当然。今の状況は明らかに敵の想定通りですな!」
どうやら私が言おうとしたことを全て言ってくれるらしい。私は片づけを始めたリルリラに手を貸すことにした。
「ならば敵はそれを打ち破るだけの策か戦力を準備済み、と考えるべきでしょう。後手に回るとは、そういうことなのです!」
まだ酒が抜けきっていないのか、ランプの照り返しで紅潮した頬がプルプルと震えた。天使はしばしその頬を凝視していたが、まだ解せぬ表情だった。
「といっても、他に手もないだろう? 結界を解かなければ試練場は落ちる」
「……落とすというのはどうだ?」
私は真顔で口をはさんだ。
「とんでもないことを言うんだな」
天使は笑った。冗談だと思ったらしい。
「あれを作るのにどれだけの時間と労力をかけたか……」
樹木の一本、階段の一つ一つまでが手作りの人口島。試練場は彼らの障害の作品と言ってよい。
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「いや、それは別としても」
彼は酒場の壁にかけられたアストルティアの地図を指さした。
「あれだけの質量が地上に激突してみろ。巨大隕石が落ちるようなものだ。海に落ちても大津波は免れん」
「だが少なくとも敵のアテは外れるぞ」
私は表情を変えないまま返した。天使は絶句した。
「……無茶な」
「そうだが……敵の思うつぼというのは面白くないな」
地上人は頷く。天使たちは困惑する。
やはり彼らは戦いに慣れていない。武力をもって咎人を誅することはあっても、戦略をもって敵と戦ったことはないのだ。だから目の前の事態に対応することはできても、敵の思惑を外す手を打つことができない。
地上人は頷く。天使たちは困惑する。
やはり彼らは戦いに慣れていない。武力をもって咎人を誅することはあっても、戦略をもって敵と戦ったことはないのだ。だから目の前の事態に対応することはできても、敵の思惑を外す手を打つことができない。
「肉を切らせて骨を断つの言葉もある。それに、自ら落とすと決めてしまえば落とす場所を選ぶこともできるし、地上の各国と連携して被害を抑える手も打てるだろう」
「……確かにその発想は我々には無かったな」
天使たちは長く息を吐いた。皮肉屋のドワーフは唇の端を持ち上げ、ご満悦の表情だ。
だがその表情も、天使の次の台詞を発するまでのことだった。
「仕方ないさ。地上人はそういうのに慣れてるんだ」
誰かが窓を開けたのだろう。冷たい風が吹いた。酒気が逃げていく。オーガが小さく咳払いし、ドワーフは目をそらした。
天使はまたも顔を見合せる。この空気の出所がまさか自分達とは思わないだろう。
作法にのっとって茶をすすり、エルフの剣士が静かに口を開いた。
「地上の歴史は、戦いの歴史ですからね」
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天使はようやくこの沈黙の意味を悟ったようだ。オーガが魔導士が続ける。
「戦乱、策略、時に裏切り……威張れた歴史ではないかもしれん」
プクリポは扇をゆっくりと上下させ、ドワーフはグラスを弄んだ。
「おかげで俺たちは天使サマよりずっと戦い方がわかってるってワケだ」
そのまま喉に酒を押し込む。
しばし、静寂があった。グラスの中で氷が溶け、崩れる音がした。
天使兵は所在なさげに頭をかく。
沈黙を破ったのは、見回りとのやり取りを終えて戻ってきたハルルートだった。
「地上の歴史は、私たち天使も学ばせてもらってるよ。何千年、変化のない天星郷と違って、激動の歴史だ」
手にはファイルされた書類の束がある。表紙には、見覚えのある名前が刻まれていた。
「勇者アシュレイもそんな歴史の中で、心を病んでしまったのかな」
「アシュレイが?」
天に選ばれた英雄、そして今は悪神へと堕ちた初代勇者。彼女がその名を口にしたということは……
「何か進展があったのか?」
「ああ」
天使は頷いた。
「君たちの英雄殿が、アシュレイの浄化に成功した」
一転して酒場が快哉に沸く。が、ハルルートは表情を動かさない。
「そしてこれが、記録課の天使から受け取った彼の調書……初代勇者の遺した歴史だそうだ」
ハルルートは渡された書類を小さく掲げた。清書前の走り書きなのだろう。ほんの数枚。
ひらひらと風に揺れる紙切れが、妙に重々しかった。