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巫女ダフィア。理知と信念を秘めた紫の瞳。祭具で束ねた長い髪が美しく風に揺れる。
グランゼニス神に仕える祭司であり、優れた術師でもあった彼女は癒し手として大魔王との戦いに同行し、二人の勇者を支え続けた。
「その旅の中で愛が芽生え、大魔王討伐ののち、ついにアシュレイと結ばれる、か……」
物語がここで終わっていれば、まさに絵にかいたようなハッピーエンドなのだが……
人生という奴は、終わるまでは続くものらしい。
私はさらにページをめくった。
ゼニスの巫女あらため神聖ゼドラ王国の王妃ダフィア。これは評価の難しい人物である。
建国以降、彼女はアシュレイとは対照的に政治家として辣腕を振るい始めた。
旧態依然とした部族の掟を新たな秩序で塗り替えるべく、自ら積極的に政策を打ち出し、王の権威のもとに組織を操っていく。政治に疎いアシュレイがまかりなりにも国家を運営できていたのは、彼女の働きが大きかったに違いない。
だが一つ問題があった。
彼女の政策は、王の意向を全く汲んでいなかったのだ。
表向き、王の顔を立てるふりをしてその実、彼の意思とは全く別の方向に組織を導いていく。そのために反乱勢力を故意に招き入れることすらしたという。
こういう人物を、普通は奸臣と呼ぶ。
ただし王が明らかな暗君であった場合に限り、王に背いてでも国益のために働いた名臣という評価になる。
さて彼女の場合はどうだろう。私はイスをくるりと回した。
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民族融和の理想を掲げるアシュレイ王とは対照的に、政治家ダフィアはレビュール族を切り捨てる形での国家安定を目指していたようだ。そのためにわざとレビュール族を冷遇し、暴動を誘発。やがてそれは組織的な反乱となり、粛清へと発展する。
アシュレイの"失政"も彼女にとっては予定調和に過ぎなかったわけである。
レビュール族を滅ぼしたとき、彼女はアシュレイにこう言ったそうだ。すべてあなたの功績ですよ、と。
アシュレイにはこう聞こえたに違いない。全てあなたの責任ですよ、と。
悪女と呼ばれて良い。
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とはいえ……
苛烈なやり方だが、潜在的な敵をあぶりだし、粛清することで権力基盤を整えるという手法は他に例がないわけではない。
例えば古代エルトナの大将軍トクガー・イェーアス。彼は天下分け目の決戦に勝利して大陸の覇権を手にしたが、ホー家を中心とした旧勢力の力は未だ無視できないものだった。
そこで彼は強引な言いがかりをつけてホー家を挑発。残党の蜂起を促し、これを滅ぼしている。
後を継いだ二代目将軍も領地替えや改易、取り潰しによりホー家ゆかりの武将を遠ざけ、その力を削ぐことに専念した。
改易を言い渡された武将の中には、ホー家恩顧でありながらトクガー家に味方し、勝利の立役者になった者も含まれていたというから、実に徹底したものである。
この親子二代の荒療治により、トクガー家は300年の繁栄を謳歌したという。
神聖ゼドラ王国がどの程度存続したのかは不明だが、少なくとも二代目勇者が大魔王ヴァルザードを退けた時代まではその存在が確認されているから、短命に終わったとは考えられない。
彼女もまた、相当な遺産を残したことになるのだ。
「良くも悪くも、傑物というやつだな」
一つ言えるのは……歴史書の中ならともかく、自分の隣には居てほしくない女性だということである。
私は片手で印を組み、アシュレイのために祈った。リルリラは首を傾げた。猫は既にいびきをかいていた。