なりきり冒険日誌~聖竜の神話

鮮やかな紅葉の赤に、空の青。水は深く澄み渡り、実りの稲穂が黄金の色で全てを包み込む。遠くにはかすかに空ににじんだ山々が雄大にそびえたっている。
碑文と宝玉に飾られた墓碑は、そんな美しい景観の中、静かに眠っていた。
この光景を眺めていると、ここが崩壊の大地であるということなどにわかには信じがたく、昔と変わらぬ平和な日々が永遠に続くようにすら思えた。
だが、荒ぶる魔物たちが、その淡い感傷を打ち砕く。
黄色と緑に彩られた悪魔たちの鉤爪が容赦なく我々を切り裂き、この地を覆う魔障の濃さを改めて思い知らせる。酒場で雇った一流の戦士たちでさえ、気を抜けば一瞬で倒されてしまうほどだ。
そして墓碑が伝える事実は、その悪魔たち以上に逼迫した現実を我々の前にたたきつけた。
時の王者ですら、なすすべもなく倒されたという災厄の王。
頼みの綱となるグレイナル叙事詩を求めてモリナラ大森林へ。

遺跡を守る二匹の守護獣は、我々の後ろに世告げの姫たちの姿を認めると、戦うことなく去っていった。
遺跡に眠る叙事詩の意外な姿には驚かされたが、酒を貢がなければ口をきいてくれないという俗な部分には二重に驚かされた。心なしか、ロディアの顔も呆れ顔なのは気のせいだろうか。

ドルワーム、カルサドラ、もう一度アズランから大森林へ。ドルボードの存在を改めてありがたく思う。
グレイナル叙事詩が告げた災厄の王の強さ。そして勝利の鍵。
それは私にとって、そしておそらくは多くの孤独を愛する冒険者たちにとって憂鬱な事実だった。
彼は断言する。一人での勝利は決して望めないと、そして手を取り合うことだけが勝利への道だと。
かすかな疑念と反感が私の胸に去来する。アストルティアにおいて、孤独を愛することは罪悪なのか……?
そしてまた、多少のプライドも刺激される。
幻影として蘇ったあの暴君でさえ、酒場の仲間たちとともに撃退することができたのだ。
私自身の未熟さはともかくとして、一流の冒険者たちが顔を連ねる酒場のメンバーたちの強さは折り紙付きだ。彼らの力を借りて、打ち倒せないほどの魔物がいるだろうか?
物思いにふける私に、ふと、ロディアのやわらかな指が触れた。

か細く、しかししなやかなその感触と、整った顔に浮かべた静かな笑み。
諦観とも慈愛ともつかない微笑。彼女は無言のうちに語っていた。
もう止めはしない、と。
たとえ無謀であろうと、あえて一人で征くというならばそれを否定はしないと、そう語っていた。
何故だろう。何が解決したわけでもないのに、その表情に私は救われた気がした。
彼女との間に幾度となく感じた隔たり。それが消えたわけではない。彼女には彼女なりの考えがあるに違いない。それは私の意志と必ずしも一致するものではない
だが、少なくとも彼女は私の挑戦を受け入れてくれる。それが嬉しかった。
王者というよりは愚者。つまらぬ拘りゆえの無謀な戦いと笑うものもいるだろう。
だが、それでいい。
戦いに赴く私の背中に、ロディアの声が響いた。
「あなたが挑む敵は巨大な暗黒の力によって守られています。
しかし案ずる事はありません。
私には見えるのです。
あなたもまた光り輝く力によって守られているのが……。
今は小さな光ですがいくつもいくつも導かれやがて大きな力となるでしょう。
焦ってはいけません。
あなたが絶望に打ちひしがれたその時こそ
あなたの旅が始まるのです」
それは世告げか。それともロディア自身の助言か。
私は闇の溢るる世界へと赴く。
そこが想像を絶する地獄であることなど、いまだ知らぬまま……