なりきり冒険日誌~魔法戦士とアバンの書
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荘厳なパイプオルガンの音が、さやかに流れる水と重なり、美しいハーモニーを奏でる。
災厄の帝王から文字通りの門前払いを喰らい、失意の底にあった私は、母国ヴェリナードの教会を訪れていた。
あれからさらに二度、相変わらず同盟を組まずに私は闇の世界へと赴いていた。
迷宮の全貌すら見えなかった前回の挑戦だったが、私を打ちのめしたあの地下6階が、実は迷宮の最下層である、という情報を、とある旅人が教えてくれた。
ならばあと一息……。
前回の失敗はパーティ構成にある。そう考えた私は酒場で雇う仲間を改めて選び直した。
災厄の王との戦いを考えれば、一人は僧侶がほしい。ただし回復だけのために枠を割くわけにはいかない。攻撃にも回ることができる棍の使い手を選出する。
そして蘇生役がもう一人は必要だ。蘇生と殲滅力の両立……賢者に白羽の矢を立てる。
武闘家はそのまま続投。範囲攻撃はできないが、強敵との戦いには爪使いの力が必要だ。
万全の体制……のつもりで挑んだ2度目の探索はしかし、地下6階、残り3匹の魔物を残して時間切れ。
殲滅速度は確かに上がったが、小瓶の消費も跳ね上がる。それはつまり、小瓶を使うための休憩時間も余分にかかるということである。
時間との戦いとは、ここまで奥の深いものなのか。
時の王者とは、もしや時間との戦いに勝利したものを言うのではないか。
3度目の挑戦。ついに僧侶を外し、賢者二人で挑む。
そして時間短縮のため、思いっ切った手段も採用した。
小瓶ならぬ聖水の「がぶ飲み」。このひと振り、4500ゴールドなり。
地下6階、全ての魔物を打ち倒す。
だが、ロディアはすでに最後の警告を発していた。
封印の解けた扉へと走る時間が、我々には残されていなかったのである。
暗転。
闇に還る。
またも私は失敗した。
私は神の信徒ではないが、悩み、迷った時、せめてもの慰めに教会を訪れる。
神に……というよりは、神の道を歩み、迷える者たちを導く神父たちに救いを求めて。
シスター・キャソーはそんな私の相談相手として望ましい、経験豊富で誠実な人物だった。
旅人たちの話に耳を傾けるうちに、彼女はヴェリナードに居ながらにして諸国の事情に通じた情報通となっている。そんな彼女が教えてくれたのは、異国に伝わる伝説の勇者が書き残した書物のことだった。
王宮図書館に、古い本を求める。ほどなくしてそれは見つかった。
表題は、アバンの書、とあった。
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傷つき迷える者たちへ。
敗北とは傷つき倒れることではありません。
そうした時に、自分を見失うことを言うのです。
強く心を持ちなさい。
もう一度じっくり自分の使命と力量を考え直してみなさい。
自分でできることはいくつもない。
一人ひとりが持てる最善の力を尽くす時、
例え状況が絶望の淵でも
必ずや勝利への光明が見えるでしょう。
~いにしえの大勇者アバン・デ・ジュニアール三世の言葉より
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心に染み入る言葉だ。
確かに、私一人でできることなどいくつもない。使命に対し、あまりに力不足な自分。
できることをやろう。そして人事を尽くした後は、誰かの手を借りることも必要だ。
築き上げてきた人脈も自分の財産の一つ。そう……あの人物に頼ってみよう。
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「室内用ドルボードの開発を!」
「無理です」
やはり無理だった。
残るのは絶望なのか?
だが、勇者の言葉は力強く私を励ます。
そしていつか聞いた言葉も。
私が絶望に打ちひしがれた時……
本当の旅が始まる、のだろうか?