<前回までのあらすじ>
私の名はミラージュ。ヴェリナードに仕える魔法戦士団の一員だが、今はわけあって天使たちの都"フォーリオン"の防衛任務に就いている。
冒険者たちの集う"ルイーダの酒場"を拠点に、天使兵と共に魔物達の襲撃を退ける日々……
幾度かの戦いに勝利し、冒険者と天使兵の連携も確立され始めた頃、我々の元に朗報が届く。英雄"エックスさん"が悪神アシュレイの捕縛と浄化に成功したというのだ。
これで残る悪神は一柱のみとなった。
楽観的な空気に包まれるフォーリオン。このまま全てが上手くいく。誰もがそう思い、快哉の声を上げた。
だが次の瞬間。そう、まさにその直後。
赤く染まった雲海から、我々の甘い考えを打ち砕く急報が届いたのであった……
*
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「という引きから5カ月ほど経ちましたが」
「随分間が空いたニャー」
猫とエルフが揶揄るような視線を投げかける。
「……色々あったのだ」
私は帽子を目深にかぶり、視線を避けた。
「もう"その直後"でも何でもないよね」
「急報にしては遅すぎニャ」
「語るのが遅くなっただけで! 報せがきたのはあの直後だったのだ!」
ともあれ……ようやく時間が取れるようになったので、あの頃の記憶を改めて振り返り、ここに書き留めておくものとする。
*
我々の元に届いた報せ。それは天星郷の最重要拠点、"とこしえの神殿"が最後の悪神レオーネの襲撃を受けたという報告だった。
ついに、というのが当初の感想だった。
我々地上人がフォーリオンの守備に当たっているのも、天界の主力部隊を神殿の守りに回すためだった。その意味では予定調和と言える。
「だが戦況は、予定通りとはいかなかったようだな」
私は重い息を吐いた。翼に傷を負った伝令のもたらした報告は、どれも深刻なものばかりだった。
「最高戦力じゃなかったのかよ」
冒険者の一人が毒づく。
「悪神の暴威はそれを上回る、ということだろう」
私は努めて冷静に振舞いつつも内心穏やかではなかった。
神殿を守るのは天使長ミトラー率いる精鋭部隊。決してヤワな戦力ではない。
だが天使兵の強みは翼を最大限に活用した三次元的戦闘にこそある。神殿内の限られた空間を舞台に、敵の進軍を身体を張って食い止める必要のある防衛戦では、持ち味の半分も発揮できなかったのではないか。
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「せめてあちらにも地上の戦力がいればな……」
詮無きこととは知りつつも、私は呟かずにはいられなかった。
我々フォーリオン守備隊は、上空からの援護と遊撃を天使兵に、地上での守備と近接戦闘を冒険者達に割り振り、それぞれの長所を活かすことで襲撃を乗り切ってきた。
だが神殿の守備隊は精鋭中の精鋭であるが故に、選び抜かれたエリート天使だけで構成されている。
白い翼。白い刃。同じ技を磨き、同じ色に染まった鎧たち。画一的に統一された部隊というのは、ひとたび強みを発揮すれば無類の力を見せつけるが……脇を突かれれば案外脆いものである。
頼みの綱の"エックスさん"も、悪神に対抗できる唯一の武器を破壊され、今は動けない。状況は最悪だった。
「ともかく、救援に向かうべきでしょう!」
プクリポの術師がテーブルに身を乗り出した。冒険者たちが頷く。私もそのつもりだった。
だが敵もさるもの。邪魔はさせじと神都にも軍勢を差し向けてきた。まずはこれを退けなければ救援どころの話ではない。
まずいことに敵の侵攻ルートは、神殿からフォーリオンへと逃げ帰る負傷兵の帰還ルートと重なっていた。鉢合わせになればただでは済むまい。
「打って出るしかない」
私は宣言した。神都から出撃し、野戦にてこれを迎え撃つ。即座に冒険者達が、やがて天使達が頷いた。軍議、準備、そして出撃。
冒険者たちは飛行用ドルボードをめいめいに起動し、雲の海へと飛び立った。