プクランド大陸の最南端、チョッピ荒野は不毛の大地である。乾いた岩山と岩石砂漠がどこまでも続く。かつて栄えたであろう都も今は遺跡となり、砂礫の中にその影を残すのみだ。
唯一、目立った建造物と言えば荒野を東西に隔てるチョコレート模様の長城。魔物の侵攻と砂塵を防ぐため、メギストリス王家が建造した城壁である。
その長城に砂嵐が押し寄せる。
風が砂粒を宙に舞いあげると、青空が砂色に染まり、闇になる。砂のドームが荒野を覆い、砂塵は砂竜巻とも呼ぶべき勢いで渦巻いた。
「聞きしに勝る、だな」
岩山の影に入り、ドル・バイクを小休止させて私はゴーグルをかけ直した。
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細かい砂が服の間から肌にまとわりつく。後部座席から降りたリルリラが体を伸ばしながら咳き込んだ。
「前はこんなじゃなかったよねえ」
リルリラの言うとおり、チョッピにこの規模の砂嵐が起こるのは珍しい。だがある時期から、この現象は定期的に発生し続けているのだという。
その時期というのが、問題だった。
「ドルボードを新調して正解だったな」
私はアイドリング状態のドルバイクをコツンと指で叩いた。オフロード仕様レーサータイプ、最新式ドル・バイクのエンジンが鼓動を刻む。
「とりあえず、情報収集だね!」
リルリラがクスリと笑い、そして芝居がかった口調で言った。
「それ、お付きの者よ、わらわを"すいーつかふぇ"とやらに案内するのじゃ」
「誰に演技してるんだ、誰に」
私はため息と共にぼやいた。
「だって、練習しとかないとボロが出るじゃない?」
「楽しんでるようにしか見えんぞ」
「それは正解です」
全く……。私は呆れ顔をゴーグルの下に隠してドル・バイクのアクセルを握りこんだ。
遠ざかる砂嵐に背を向けて、立ち並ぶ岩山の中でもひときわ目立つ巨峰へと。
アラモンド旧鉱山。かつて黄金都市と呼ばれた場所である。
*
私の名はミラージュ。ヴェリナードに仕える魔法戦士だが、ほんの一巡り前まではわけあって天使の都フォーリオンで守備任務に就いていた。
それが何故、荒野を疾走しているのかというと……少々長い話になる。
あの日。魔軍の侵攻を退けた我々の頭上に、巨大な船が現れた。
呆気にとられる我々全員の頭の中に、ノイズ交じりの声が響く。
『見つけたぞ、ゆりかごの末裔よ』
と……。
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声は自らを"ジア・クト"と名乗った。そしていかなる感情も乗せず、ただ淡々と宣言した。この世界を侵略する、と。
それからが大変だった。
"エックスさん"こと現代の英雄殿は奮戦し、敵の第一陣を阻止したがそれで終わりではない。いずれ本隊がやってくる。
哄笑と共に船影は去り、入れ替わりに混乱が訪れた。ジア・クトとは何か。あの船は。打つべき手は。
こんな時、いつも彼らを導いたのは天使長ミトラーだった。
彼らは待った。天の導き手、赤いミラーグラスの女天使が颯爽と現れ、威風堂々と指示を飛ばすのを。
だが戦場から戻ったのは、英雄殿とお付きの天使、そしてその仲間達だけだった。
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天使長ミトラーはジア・クトとの戦いで重傷を負い、行方知れずになったという。
審判の天使ヘルヴェルも、帰らぬ人となった。
悲嘆と恐慌が神都を襲う。
聖天舎は審判の天使カンティスを議長とした緊急の運営体制を立ち上げ、混乱の収拾に努めたが、天使長の行方はようとして知れなかった。
唯一の手掛かりは、ジア・クト出現に前後して、四つの流星がアストルティアに落ちたという情報のみ。
そして私は……
「ナナロ、頼まれてくれるか?」
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私は宿屋協会のエージェントを通して天使長代理カンティスとの交渉を開始した。
地上探索ならば、天使よりも地上の冒険者の方が適任。捜索を引き受ける代わりにジア・クトについての情報提供を求める。カンティスはやや渋ったが、背に腹は代えられなかったようである。
「ただし、他言は無用だぞ」
私は素直に頷いた。無論女王陛下や各国の上層部には報告させてもらうが、天使も彼らを部外者とは呼ぶまい。
カンティスが告げた事実は、衝撃的なものだった。
その全てをここに書き記すわけにはいかないが、要するに悪神以上に強大な敵、ということらしい。
もはや一介の魔法戦士の手には余る話だが……
「考えてみれば最初からそうだったな」
私はため息をつき、リルリラは笑った。
余計な重荷は脇に置こう。今、為すべきことは天と地上の連携。そして天使長の捜索。ただそれだけである。
私はウェナに戻り、女王陛下に状況を報告。魔法戦士団の情報網を駆使して、四つの流星がプクランド大陸に落ちたことを突き止めた。
そして今、その内の一つ、プクランド南部に落ちた星を求めて、こうしてバイクを走らせている……わけである。