背後に砂塵。礫が一粒、ヒレを叩く。
ドル・バイクは排気音と共に風に逆らい、荒野を行く。
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調査によれば、あの砂塵が吹き荒れ始めた時期と流星が落ちた時期は、ほぼ一致するらしい。何らかの関係があることは間違いない。
だがチョッピの長城に併設された休息所では、大した情報は得られなかった。
そこで我々は、この付近にあるもう一つの集落……あるいは小都市へとバイクを走らせていた。
アラモンド。かつて鉱山都市として栄えた街。そして今は……
「プクランドで最も厄介な街、か」
アクセルを踏む。タイヤが砂利を乗り越え、細かく振動する。
「おほほほ! しもべよ、ちょっと揺れすぎ注意ですわ~!」
リルリラが私の背中にしがみつきながら"演技"する。私は何度目かのため息。
目指すは"魔窟"アラモンド。
……実に厄介な街なのである。
*
車体が風を切り、景色が走る。アラモンド旧鉱山は、もはや前方ではなく頭上にあった。
ドル・バイクは鉱山を穿つトンネルに入り、速度を落とす。かつて炭鉱からあらゆるものを運搬したトロッコ線路は半ば朽ち果て、その脇に新たな道が作られていた。
その道も、万全とは言えない。時折バイクが車体を揺らす。歓迎されているとは言い難い。
と、前方に小柄な人影。
トンネルの闇から、プクリポの矮躯が私を見上げる。小さく、しかし鋭い瞳。
"検問"だ。
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私はドル・バイクの足を止め、咳払いひとつ。手元から一枚のチラシを取り出した。
「すまない、ここに行きたいんだが道は合ってるかな?」
チラシの上に魅惑の文句が躍る。『アナタだけに教える!』『禁断の味』『今だけお得な……』
中央にでかでかと書かれたその店の名は『バズスイーツカフェ』
我々はありきたりな観光客。決して怪しいものではない。
そう名乗ったつもりだ。
「わらわは楽しみだぞよ」
リルリラはわざとらしく高笑いをして見せた。彼女はスイーツ好きのお忍びのお嬢様。私はその護衛兼世話係。わがままお嬢様のお忍びカフェ訪問。そういう台本になっている。
プクリポは返事も返さず、ただトンネルの奥を顎で示した。
私は会釈を返し、エンジンをふかす。
立ち去る前に彼は一言、呟いた。
「いいバイクだな」
「最新式だ」
私はゴーグルを付け直しながら歯を見せた。プクリポは、ちょいとうらやまし気に私のバイクを見つめた。よく見れば足元にはいくつものタイヤの跡がある。バイクでの出入りは一般的らしい。
「中では安全運転で頼むぜ」
「もちろん」
「外でも安全運転だぞオトモの者よ」
リルリラが冗談めかして私のヒレを引っ張った。
「安全、ね……」
ゆっくりと流れていくトンネルの壁の、至る所に施された装飾を眺めながら私は呟いた。
ま、ペンキとスプレーで粗雑に描かれた落書きの群れを『装飾』と呼ぶかどうかは各自の判断に任せるが……
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闇に踊るメッセージはどれも攻撃的でおどろおどろしい。『未来は無い』『地獄で極楽』『神は死んだ』『王も死すべし』……入場者を見下ろすアーチには牙をむいた口が獰猛な笑顔を浮かべ、『ようこそどん底』と嘯く。
危険な街、アラモンド。演出としては悪くない。演出ならば。
アーチをくぐると、ほのかな明かりが見える。
開けた空間に、不相応に重苦しい空気。
プクランド最大のスラム、"魔窟"アラモンド。その入り口に我々は立っていた。