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ピンク色の照明が、薄闇と混じって紫色に染まる。
ケースに展示された色とりどりの菓子が甘い誘惑をささやき、華やかな飾り布が店内を彩る。
だがきらびやかな装飾とは裏腹に、壁はむき出しの岩盤。天井も同じ。そして窓から少し外を眺めれば、スラムの薄汚い風景が無情にも広がる……。
鉱山の横穴に精一杯のデコレーションを施し、甘いエッセンスで汚れた空気を塗りつぶした。バズスイーツカフェとは、そんな場所だった。
伝説の悪霊バズスをモチーフとした人形がそこかしこに配置され、悪魔的な売り文句を並べる。「あまあま」「中毒」「バエル」……
我々を席に案内したプクリポのウェイトレスは、まだ若い少女だった。胸元の名札には『ピコ』とある。
リルリラがケーキへの期待を口にすると、ピコは飛び跳ねながら自慢の味をアピールした。
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「そりゃーもう、ウチのケーキはマジパネーって感じで、超スゴスゴあまあまの極楽体験なんですよ!」
「うー、今からヨダレが……」
リルリラお嬢様は、はしたなくも口元に唾液をにじませた。演技はどこに行った?
呆れつつ私はチラリと窓から外を眺めた。ドルレーサーはカフェ指定の駐輪所に駐車してある。このカフェはアラモンド唯一の観光収入源。スラムのならず者達も、ここの客にだけは手を出さない。魔窟アラモンドで最も安全な場所。それがバズスイーツカフェ……
……という売り文句だが、どこまで信じたものか。一応カバーで車体を覆い、厳重に鍵とチェーンと警報装置をかけておいた。この街において十分な措置と言えるかどうか、定かではない。
案内されたテーブルの周りには、数名の先客がいた。多くは地元民と思しきプクリポだが、一人だけピンク色のシャツに身を包んだ大柄なオーガがいる。恐らく他の大陸からはるばるやってきた『猛者』に違いない。
その反対側の席に座ったプクリポの着ているドレスには、こんな店には似つかわしくない高級な生地が使われていた。隣に伴うのは、上品だがどこか剣呑な空気を漂わす紳士。たぶん、スイーツ好きのどこぞのお嬢様が護衛を伴ってお忍びでやってきたのだろう。
「ね、だから私たちの配役、間違ってなかったでしょ?」
リルリラが勝ち誇った顔で耳打ちするのを、私は否定できなくなってしまった。
彼女がスイーツを注文する間、私は周囲に気を配りながら考えていた。私は別にスイーツを食べに来たわけではない。情報収集が目的だ。が、ただの観光客が突然、あれこれと事情徴収をして回るのも不自然というものだ。
何か自然な会話のきっかけでもあればいいのだが……。
「これは素晴らしい……感動的な……そして感傷的な……この味はもはや芸術でござるな!」
と、突然オーガの男性客がウェイトレスに語り始めた。
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「始まりと終わり、そして再生のアラモン糖……アラモンドの歴史を彩るアラモン糖をストーリー仕立てで味わえるとは、並の発想ではござらぬ!それがし感服のいたり!」
「うわぁ~、お客さんマジスゴー!」
ウェイトレスのピコが飛びあがって拍手した。
「店長の新作、そこまであげぽよディープに味わってもらえるとか、マジ感激!」
「それはもう、それがしタダの観光客ではござらぬ。スイーツの味と歴史をとことんまで探求するスイーツ侍でござるゆえ!」
スイーツ侍は大柄な体を大きく逸らして胸を張った。ピンクのシャツにはスライムの顔模様。にやけた口が両脇に広がる。皿にはオーガサイズのスイーツがなみなみと盛られていた。おそらくいずれも、件のアラモン糖をふんだんに使ったスイーツなのだろう。
私は手元の雑誌に書かれていた情報を思い出す。始まりと終わり、そして再生……。確かにアラモン糖は、この街の歴史そのものだった。