次々と皿が届く。クッキーとチョコレートの盛り合わせ、パフェにエクレア、ゼリーにタルト、シフォンのケーキ。
私はどちらかと言えば辛党だが、この光景にはさすがに圧倒されるものがあった。
「……これゼンブ食べてもイインデスカ」
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リルリラは目にらんらんと光を灯し、口を半開きにしながら言った。……お嬢様の演技は、もはや影も形もない。
「国民の4割が肥満で苦しんだらしいぞ」
「ブブー! 甘いもの食べるときに体重のこと言うのはマナー違反です」
かつてのプクリポ達も似たようなことを言っていたに違いない。まあ私には、太ったプクリポと普通のプクリポの見分け方は分からないが。
「では……イタダキマス!」
リルリラはエルトナ風に手を合わせてからスプーンを取った。私もそれに倣う。
果たしてご禁制の菓子とやらは、どの程度の味か。私は決してグルメな方ではない。理解できる味なら良いのだが。
私は高く盛り付けられたパフェをそっと手元に寄せた。
頂点にそそりたつクリームをスプーンでひと匙すくうと、口元に近づける。
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最初に訪れたのは、強烈な香りだった。
体中を包み込むような心地よい甘さが、まだ口にしてもいないクリームの味を想像させる。生唾が溢れ、早くスプーンを口の中に突き入れたいと脳が訴える。
私はゆっくりとクリームを舌に乗せる。えも言われぬ柔らかな感触と共に、優しい甘さが舌を貫く。アラモン糖の痛烈とさえ思える甘さを柔らかなクリームに包み、抵抗なく味わわせる。安心感と期待感。最初の一口として、まさに100点の味だった。
次に差し入れたスプーンは、やや硬いチョコレート部分をまさぐる。運び込まれた味は、今度は遠慮会釈なく100%のアラモンド。かみ砕いたチョコの隅々から染み渡る濃厚な味が口中に広がり、喉へと運ばれる一瞬、胃の腑まで満たすような満足感が体中を包む。
興奮冷めやらぬまま、別の色でデコレーションされたクリーム部分をすくい取る。と、そこには果実の香りのする上品で甘酸っぱい味が待ち受けていた。
濃厚な甘さの後に味わう変化のきいた味は心地良い驚きと共に口の中をさわやかにリセットし、更なる一口への活力となる。クリームの中に紛れた小さな粒は何だろう。不思議な食感が食べる者を飽きさせない。
バズスイーツカフェのスイーツはこの後も様々な形で我々を楽しませた。ビスコッティの歯ごたえ、清涼感溢れるゼリー。官能的とさえ言えるムースの舌触りに、シフォンケーキの柔らかにして濃厚な満足感……。
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侮っていた。私は正直に認める。認めざるを得ない。
禁制品という珍しさや背徳感、アラモン糖の強烈な甘さだけに頼った単純な菓子なのではないかと。スイーツだけに甘く見ていた。
だが、今ここで味わった菓子はそんなありきたりなものではない。アラモン糖独特の甘みは確かに感じるものの、それに頼り切ることなく他の食材を上手く活かし、その上でアラモン糖を際立たせる工夫がされているのだ。どれ一つとして同じ味のものはなく、一口食べるごとに違った甘味が舌を楽しませる。
そして食感。ある時は柔らかく舌を包み、ある時はしっかりとした歯ごたえで顎を楽しませる。美食とは味だけではない。食べる行為を楽しませてこそ美味しい食事と言える。その点、このカフェは盛り付けや料理の色合いも含め、一切の妥協をしていないことが素人の私にも理解できた。
「凄いな……」
ようやく一息ついた私が言えたのは、そんな単純な一言だった。
リルリラも無言で首を縦に振る。振り続ける。むやみに言葉にすればこの味がどこかに逃げてしまうような、そんな気持ちにさえさせてくれる味だった。
「凄いよね」
リルリラが何故か小声で囁いた。
「これ絶対一流のパティシエの仕事だよ。普通じゃないもん」
「おお、お気づきでござるか」
スイーツ侍がほくほく顔で振り返った。
「ここの店長殿はオルフェアの調理ギルドで正式に修行を積んだ、一流の料理人なのでござるよ」
「ほう……道理で……」
私は首を捻った。半分は納得。もう半分は……
何故、そのような一流の料理人がこんなスラムへ……という疑問だ。
「それは……聞かぬが華でござろうよ」
「ま、そうでしょうな……」
アラモンドに流れ着く者のほとんどは、何らかの事情を抱えている。ここの店長もその一人。そういうことだろう。
カウンターの向こうでは、華やかなバズズ・グッズに囲まれた女性が熟練の手つきで盛り付けを整えつつ、客に笑顔を振りまいていた。