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男二人が話し込む間、リルリラはウェイトレスのピコに声をかけていた。
「お土産用の持ち帰りってありますか?」
「あー、すみませ~ん。店内限定なんですよ~」
ウェイトレスが頭を下げる。禁制品の持ち帰り、人それを密輸と呼ぶ。リルリラはがっくりと肩を落とした。
「フェディーラ様、喜ぶと思ったのになあ。猫ちゃんにも食べてほしいし……あ、エステラさんも好きかも……」
アマスキーはウーンと腕を組んで唸った。
「禁止令さえなければ持ち帰りも……いや、むしろ全世界に支店を出せたかもしれぬでござるのに……」
「確かにこの腕を持ちながら堂々とアピールできないのは勿体ないな……」
私が相槌を打つと、オーガはしきりに頷いた。
「せめて時代が違えば! 今が禁止令前なら……!」
「禁止令以前。炭鉱時代のアラモンドか……」
私は手元の雑誌に再び目をやった。
在りし日のアラモンド鉱山。さわやかな汗を流し微笑む青年工夫の写真があった。隣に説明書きがある。若き日のプティーノ氏、と。
「そういえばこの彼、今はアラモンドの……そう、代表をやってるとか」
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私は言葉を濁しつつ言った。荒くれどもの元締め、スラムの顔役、暗黒街の帝王……そういう物騒な言葉は、あまり使わない方がいい。
だがアマスキーは軽く首を振った。
「いや、確か最近変わったとか聞きましたぞ」
「ほう……選挙でもあったのかな」
私は冗談めかして肩をすくめたが、自分の瞳の奥に強い光が宿るのを隠せなかった。意外な情報だった。
落ちた流星、突然の砂嵐、そして暗黒街の政権交代。これらが全て同時期に起きた、その意味は何だ?
「そうそう、この作品など、新しい代表殿のために考案されたそうでござるよ」
と、アマスキーはメニューの中央に描かれた新作スイーツを指さして言った。流れ星を模したチョコレートがグラスの中を流れるようなデザインで配置されている。
「あっ、お客さん、それ頼んじゃうーー?」
ウェイトレスのピコが跳ねるようにテーブルに飛びついた。顔には満面の笑み。
「それ、店長の自信作! そんでアタシのお気に入り! ウェーイ!!」
「流れ星の帝王……スイーツにしては変わった名前だな」
私は首を傾げて見せた。ピコは嬉しそうにメニューを持ち上げた。
「アタシたちの新しいボスのために、店長がチョー頑張って仕上げた自慢の一品!」
「ほほう、新しいボスは慕われておるようじゃのう」
リルリラが今更演技を再開したようだ。
店員はまたも嬉しそうに飛び跳ねる。
「そりゃーもう、前のボスもクールだったけど今のボスは超ハイセンスでメチャカワアゲアゲクールなんだよ!」
言葉の意味は分からないが凄い人気だ。周囲のプクリポ達もしきりに頷く。
「あのヒトが来てからアラモンド、明るくなったもんな」
「やっぱカッコいいもんな」
「ほんと、帝王サマサマだぜ」
どうやら相当な人望の持ち主らしい。
「どうせなら治安も良くなると嬉しいのでござるが……」
スイーツ侍がぼやく。私も頷いた。ここが普通の街なら、情報収集にこんな手間をかけずに済む。
店員が苦笑した。
「まあこの辺、荒っぽいヒト多いから~」
「そういえば我々もさっき、変なのに絡まれて……」
と、その時、乱暴にドアを開ける音が響いた。
続いて数名のドスドスという乱雑な足音。そして
「おぉーい、ケーキ食いてえ!」
「パフェもな! 今日はムシャクシャしてンだ!」
ドタバタと上がり込んできた若者たちの頭には、炎のようなモヒカンヘアー、あるいは野性的なドレッド。身にまとうのはワイルドなレザージャケット……
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リルリラが「あらま」と口元を抑え、私は顔をしかめた。
ハイウェイマン気取りのストリートキッズ。短い手足に応急手当の後がある。生傷だらけだ。
店内の客の反応は真っ二つに分かれた。例のお嬢様と紳士は身体を硬直させ、有事に備える。スイーツ侍も同様だ。
一方、地元民は頭を押さえ、またか、と首を振る。
「アンタたち!」
とウェイトレスの少女が飛び出した。
「お客さんの前でそういう感じ出さないの!」
「固いこと言うなってピコ……アッ!?」
モヒカンヘアーが、私に気づいたようだ。
「て、てめぇは……」
私を指さし、ワナワナと震える。
私はすました顔で応対した。
「おや、事故にでもあったのかな? ひどい傷だが」
「てめっ! よくもそんなセリフ……!」
店内に不穏な空気が漂い始めた。