そのドワーフ娘は、小躍りして私のドルバイクに飛びついた。
「伝説の砂竜を追っかけるためにドルレーサーをカスタムしてほしいって? いいねえ! アタシはそういう無茶が大好きなんだ!」
ドワーフの小柄な体が弾けるように生き生きと飛び跳ねる。機能的な作業着とキャップがガレージに小気味良く揺れた。
その後ろ、対照的に落ち着いた雰囲気の女性が静かに眼鏡を光らせる。
「いい機体だけど、改良の余地はまだまだありそう」
スラム街には似つかわしくない清潔感溢れる白い制服は、ドルワーム研究院のそれだ。
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「だろ! メンメも手伝ってくれよ!」
「デコリー、手を動かす前にまず計画を立てないと」
メンメは手帳を取り出し、デコリーはスパナを振り上げる。この対照的な二人は、私が魔法戦士団の名を使ってドワチャッカ大陸から呼び寄せた技術者だ。ドルボード研究の第一人者で、特に冒険者界隈での評判がいい。一説によれば冒険者の使うドルボードの大半に、何らかの形で関わっているとか。
あの砂嵐を追いかけるためには、吹き荒れる風と砂、起伏に富んだ大地に負けない足が要る。専門家の助けが必要だった。それも、スピードを競うサーキットのレースではなく、野性を制するオフロードのスペシャリストが。
メンメが地形や砂嵐の状況を分析し、デコリーがそれをテキバキと反映する。二人の仕事ぶりを、アラモンドのストリートキッズは羨望と共に見守っていた。
「流石プロ……」
「やっぱ違うわ……」
中でもひと際大きなため息をついたのは、プポルという名の少女だ。
「アタシも自己流でやってたけど、レベルが違うよね……」
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彼女は自ら手掛けた『作品』達に手を触れた。
駐輪所に並んだプクリポサイズのドルバイクは、どれも薄汚れてこじんまりとしている。恐らく盗品かジャンク品の寄せ集めだろう。
だが休憩がてら、プポルの隣に腰を下ろしたデコリーはその車体をじっと見つめ、ニヤリと笑った。
「気合入ってんじゃん、コイツら」
「わ、わかる?」
プポルは頬を紅潮させた。
「そりゃ、わかるさ。素性は悪そうだけど、かなり手ェかけてるだろ?」
「じ、実はアタシ、昔はカスタム屋に憧れてて……今はこんなんだけど……」
「自己流かい? センスあるよ。なあメンメ」
メンメもサドルを撫でながら頷く。
「そうね……それにこの子たち、嬉しそう」
プクリポ達は顔を見合わせた。冒険者は語る。技術者のメンメはドルボードの『声』を聴くと。
「あまり悪いことには使わないであげてね」
ストリートキッズはバツの悪い顔で曖昧な笑みを浮かべる。
プポルはそんな二人に、憧憬にも似た眼差しを注ぐのだった。
私の方も、改造が終わるまで無為に過ごしていたわけではない。
この時間を利用し、首尾よく『友人』となったストリートキッズやカフェの店員から様々な話を仕入れていた。
アラモンドの新しい代表が女性であることや、荒くれどもを軽くいなしてボスの座についたこと等はすぐにわかった。秘密というわけでもないようだ。
一方、砂嵐の話となると急によそよそしくなる。奇妙である。
「どう思う?」
私に聞かれ、リルリラはムー、と首を捻った。
「似たようなこと考えてると思うけど……結局、追ってみるしかないんじゃない?」
「ま、そうだな……」
そして駐輪所から歓声が上がる。
「出来たよ! 嵐にも負けないサバイバルモンスター、名付けてサンドランドスペシャル!」
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デコリーが胸を張り、メンメが誇らしげに眼鏡を持ち上げる。
砂の色に染まったカウルは分厚く補強され、まるで装甲版だ。防塵処理も各所に施されている。抵抗を抑えるため、車高はやや低く、凹凸は最小限に。
「何より、多少傷ついても問題なく走れるタフな造り。こいつが大事なのさ!」
「嵐に突っ込むことになるから、安全性を重視して調整したわ」
二人の技術者による解説が始まる。
冒険者の相手をしているだけあって技術的な説明は最小限に抑え、実際的な運用法を重点的に説明してくれるのがありがたい。確認と慣らし運転が終わり、いよいよ勝負の時が近づく。
「後はアンタの腕次第だけど、自信はあるかい?」
デコリーが挑発的に笑う。確かにプロのレーサー並みとはいかないが……
「任せてもらおう。私とてドルボードレースで参加賞を貰ったことのある男だ」
「……参加賞?」
デコリーの笑みが凍り付いた、ような気がする。
「はーい、それじゃあスタートでーす」
どこから拝借したのやら、リルリラがフラッグを掲げた。目標は、遠くに見える砂竜巻。
力強い駆動音が全身を突き抜ける。
センサー光を尾のようにたなびかせ、『サンドランドスペシャル』はアラモンド鉱山を発進した。