風の防壁が、太陽を遮る。
チョッピ荒野を吹き荒れる砂塵は、まるで立ちふさがる巨大な壁だった。
その壁に、スポークホイールを高速回転させたドル・バイクが錐の鋭さで突き刺さる。
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『サンドランドスペシャル』は、吹き荒れる旋風を最小限の抵抗ですり抜け、荒野を突き進む。
目指すは風の中心。荒野を疾走する砂竜巻だ。仮称、砂のドラゴン。
私はゴーグル越しに視界に映る砂の巨塔を見上げた。猛烈な勢いで隆起する砂の根元に何があるのか。荒野に落ちた流星。そしてアラモンドの新たなボス。
『行けばわかる、か』
荒れた岩肌にタイヤが食い込み、スピードが風を切り裂く。
ささくれだった岩肌は激しい振動を座席へと伝えたが、厳重に調整されたサスペンションは視界が震える以上の衝撃を許さない。突風が時折投げつける石つぶてを、頑強なカウルが防御する。サバイバルモンスター。デコリーはこのバイクをそう呼んだ。伊達ではない。
だが『伝説の砂竜』は一筋縄でいく相手ではなかった。
『距離が、縮まらない……?』
私は揺れる視界の中で、砂竜巻を見上げる。その角度が一向に変わらない。かの『竜』もまた、カスタマイズされたドル・バイクと同等……いや、それ以上のスピードで走り続けているのだ。
『ただのサバイバルというわけにはいかない、な……』
これは『レース』だ。
私はグリップを握りしめ、さらに速度を上げた。
砂粒交じりの風が、ゴーグルを掠めて流れていった。
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視界が揺れる。
砂のドラゴンは石柱のように並ぶ岩の間を縫うように突き進む。いくつかの岩山が崩れ、吹き飛んだ岩石が弾丸となって私に襲い掛かる。
「チィッ!」
私は車体を傾け、辛うじてそれを避けた。荒れた大地に滑らかなカーブを描いて、『サンドランドスペシャル』が疾走する。
『いいかい、コーナリング性能と耐衝撃性はトレードオフの関係になってるんだ』
デコリーの言葉が蘇る。
『ギリギリのセンを攻めてみたけど、目の前の事態を避けるか、突っ切るか、その判断はアンタ自身で見極めるんだ』
巨大な弾丸が立て続けに迫る。さすがに突っ切るという選択肢はあるまい。
私は左右に体重を傾け、蛇行するようにして切り抜ける。視界が揺れ動き、振動が砂塵と共に景色を塗りつぶす。最後の一撃を避けたと思った瞬間、足元の段差に車輪が浮き、車体が跳ね上がった。
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浮遊感。ほんの一瞬、サンドランドスペシャルは空を滑空する。
その一瞬に、竜巻の動きが見えた。
砂のドラゴンもまた、蛇行するように大地を駆けていた。竜巻はまるで自らを岩にぶつけるかのように各地で岩を粉砕し、砕けた岩が砂竜巻を巨大化させる。
砂塵は次なる大岩に向かって大きく右カーブ。轟音と共に地を削り、砂煙が弧を描く。凄まじい迫力だ。
『だがこれがレースなら、そのコーナリングは悪手だな』
私は胸の内で呟く。ドル・バイクは鈍い金属音と共に着地。サスペンションは見事に衝撃を吸収し、内部でベルト補強されたタイヤが地を噛みしめる。
そこから右へ急カーブ! 砂竜より小さな軌道でコーナリングを決め、距離を詰める。
二つ、わかったことがある。
一つ、敵は凄まじいパワーを持つが、繊細さには欠ける。カーブの軌道が常に大きく無駄が多い。
そしてもう一つ……敵は障害物を避けようとしていない。いや、むしろ……自ら当たりに行っている。
地を削り、岩を砕き、まるで破壊の権化のように形あるものに己をぶつけ、走り続ける。
その動きには単なる自然現象ではありえない、確かな意思が感じられた。
『追う側からすれば、ありがたいことだが!』
砂に覆われた視界の中、目を凝らす。竜巻を目指すのではなく、その先に待ち受ける障害物に先回りする!
少しずつ距離は縮んでいた。
だがそれは、荒れ狂う暴風に自ら接近するという意味でもある。
乱れた大気の奔流、そして破壊された岩盤のシャワーを、今度は間近で体験する。
ステアリング! 全ては避けきれない。装甲カウルが悲鳴を上げ、いくつかは私の体にも突き刺さる。
『風よ!』
私は念じ、理力を呼び起こした。ストームフォースの護り。サンドランドスペシャルが風の衣をまとう。流れる気流が盾となり、飛来物の軌道をそらす。気休め程度だが、少しはマシになるはずだ。
と、竜巻が一瞬、揺れた。
まるで理力の変動に反応するかのように
『気づかれた、か……?」
逃げるように砂塵が大きく弧を描く。サンドランドスペシャルは、より鋭い軌道で旋回を決める。
もはや竜巻は目前だった。
いや、それは既に竜巻ではない。
砂を噴き上げ、疾走する『何か』だった。