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『竜というほど、大きくはない……?』
最初の気づきは、それだった。
巻き起こす砂煙の巨大さに反して、その根元を疾走する『物体』の大きさは……ドルレーサーとほぼ同等か?
『確かめてやる!』
私は砂塵を避け、側面からの接近を試みる。
それを嫌うように、物体は向きを変えた。追跡!
敵は入り組んだ地形へと走り込み、岩と岩の間を縫うように駆け抜ける。いくつかの岩は避けられず突っ込んだらしい。岩盤が弾け飛び、石の弾丸と化した。
サンドランドスペシャルはそれを避けながら繊細な方向転換を繰り返す。メンメとデコリーの仕事ぶりが光る。
私はなおも目を凝らした。
もはや明らかに敵はこちらの存在を意識している。そして隠れるように狭い場所に逃げ込もうとしているのだ。
『だがその分スピードは低下した!』
砂嵐も収まりつつある。それは私に確かな視界と、足元を確認する余裕を与えてくれた。
ドル・バイクのスピードで流れていく地面に、風がかき消していた敵の足跡が見える。
いや、足跡ではない。
『車輪……?』
そして前方を走る『砂竜』の、重厚ないななき声が聞こえてきた。
それは、私の体の真下で響いている声と同じ……
『バイクのエンジン音……』
車体から溢れるセンサー光が竜の尾のようにたなびいた。
岩石地帯を抜ける。
敵が再加速を始めるのと同時に、私もギアも上げた。
最大速度とパワーではあちらが優ることは、これまでのレースで証明されている。
『だが、加速性は!』
荒野において安定したスピードを保つのは難しい。故にメンメ達は速度を失っても容易に再加速できるように調整したのだ。
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急加速! 景色が歪む。サンドランドスペシャルが砂塵を追い越した。
私は前方を……いや、もはや隣を走る影を見た。
竜。そんなものはいない。
砂を巻き上げる黄金色の大型バイクは、奇妙なデザインをしていた。
まるで大陸間鉄道……大地の箱舟を模したバイクだ。
その屋根にまたがる人影。鮮やかな桃色のジャケット。ハイスピードになびく髪は美しいブロンド。
そして背には、純白の……
「やはり、あなたなのか!」
私は叫んだ。
彼女はチラリとこちらを振り返った。
瞳を覆い隠す、真っ赤なミラーグラス。見間違えようもない。
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天使長ミトラーは、無表情にこちらを一瞥した。
そして一言、こう呟いた。
「何故、追ってくる?」
と……。
『何故だと……?』
私は一瞬、呆気にとられた。
その隙を突くように、箱舟型ドルバイクが振動を強める。
『チィッ!』
私はグリップを握り締めた。
爆音を上げて箱舟型ドルバイクが加速する。最高速度に達しつつある。
私を引き離そうというのか?
ミトラーのバイクが大きく弧を描く。その側面に絶壁……避けることすらせず、黄金の車体が岩壁を削り取る! 岩つぶての飛来!
『ええい!』
私は体重をかけて急カーブ、砂煙を上げる天使に追いすがる。
今度は急勾配の坂道! 速度を落とすことなく箱舟は走る。天使の体が、凄まじい縦揺れに飛びあがった。その先にまたも岩壁!
「危ない!」
私は思わず叫んだ。が、箱舟は止まらない。そのまま岩壁に突き刺さり……破砕する!
無茶にもほどがある!
私は大きく迂回して一旦距離を取った。砂煙の中に天使の影を追う。
いや、追うまでもなくすぐに見つかった。
降り注ぐ土砂を天使の力が跳ね除ける。爆発的な力の余波が砂の柱となって荒野を駆け巡る。……立ち上る大砂塵。
『これが砂竜の正体か……』
戦慄と共に一応の納得。だが、しかし……
「……一体、何をやっている!?」
私は喚いた。
思えばこのレース、最初からずっとそうだった。
無理のあるコーナリングで大地と衝突、体を激しく揺さぶっては自ら岩盤にぶつかり、追いすがる私に石を投げつける。
「追わせまいとしているのか……?」
箱舟が汽笛のように砂煙を吐き出す。拒否の結界だ。
私はなおも追走する。
天使長の所在が分かった以上、これ以上の追跡は無意味かもしれない。後は英雄殿にでも任せればいい。だが……
『何故、追ってくる?』
天使の漏らした呟きが頭から離れない。
恐らく何か事情があるのだろう。だが何の説明もないまま蚊帳の外に追い出される。それが癪だった。
未知の敵を前に混乱する天星郷。四苦八苦のカンティス達。そして捜索を請け負った地上人。
……遊びでやっているわけではない。
『何故、逃げる!?』
それを問いただすまで、レースは終わらない。
一瞬の並走では足りない。箱舟の前に躍り出てみせる。
サンドランドスペシャルは私の意を汲むようにライトを輝かせ、再び砂煙の結界へと突入した。