VIPルームに乾いた金属音が響く。
思えば天星郷の天使達は、どこか頼りなかった。
中には信の置ける者もいたが、大半は周囲に流され、風聞に踊り、大樹に寄りそう……要するに地上の一般大衆とそう変わらない存在だった。
それらをまとめ上げ、導いてきた天使長の重責たるや、いかほどのものだったか。
敗北は、張り詰め続けた糸が切れる、ほんのきっかけにすぎなかったのかもしれない。
今、天星郷は大騒ぎだ。彼女一人に重荷を背負わせ続けてきたツケを、一人一人が払っているのだ。
翻って、わが身を思う。
勇者。盟友。英雄。
任せきりにしたつもりは無いが、どこか甘えてはいなかったか、と……
「あのう……」
リルリラがおずおずと聞いた。
「敵ってそんなに強いんですか?」
天使長がスプーンを止めた。ミラーグラスの奥に少しだけ鋭い光が宿る。
「奴等はジア・クト」
彼女は口の中の味を、ドリンクで奥へと流し込んだ。
一種の職業病とでも言おうか。傷心の天使はしかし、いざ職務となれば遅疑なく説明を開始するのだった。
「……天使の故郷を滅ぼした連中だ。星の海を渡り、世界を滅ぼし、去っていく悪魔達。アストルティアが無事だったのも、女神がこの世界を隠蔽していたからにすぎん」
「星海からの侵略者……」
ミトラーは頷いた。
「ああ、お前達には想像もつかないだろうが……」
「いえ」
私は遮った。
「心当たりがあります」
「うん?」
天使は首を傾げる。私は鞄から資料を取り出した。
「こういう連中でしょう」
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私とリルリラは頷きあった。
「防衛軍でたまに見るよね」
「どうにかなりそうだな」
「あ、イヤちょっと……」
天使は遮り、首を振った。
改めて迫真の表情を作り、語り始める。
「奴等はジア・クト念晶体……肉体を鉱物のように変化させた、異質な生命体なのだ」
「鉱物のように……?」
ミトラーは頷いた。
「ああ、お前達には想像もつかないだろうが……」
「いえ」
私は遮った。
「心当たりがあります」
「うん?」
天使は首を傾げる。私は鞄から資料を取り出した。
「こういう連中でしょう」
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私とリルリラは頷きあった。
「防衛軍でたまに見るよね」
「どうにかなりそうだな」
「あ、いや、その……」
困惑が弱り顔になり、ついには苦笑いに変わった。
「うーん……否定したいんだが……。否定材料が見当たらないな」
リルリラがクスっと笑う。
「案外どうにかなっちゃうかもしれませんよ」
「前向きなんだな」
天使は背もたれに持たれ掛かる。先ほどより、大分軽い。
「どの道、耳をふさいで殻にこもっていれば去ってくれるような連中ではないのでしょう? 無抵抗で滅ぼされてやるのは御免です」
私は資料を閉じながら言った。
「可能な限り戦い、それでも駄目ならゴフェル計画のような例もある」
かつてエルトナの英雄ハクオウは絶望のさだめに立ち向かい、儚くも散った。
それでも人類は箱舟に乗って逃げ延び、辛うじて生き延びたのだ。
「先人が石にかじりついてでも紡いできた歴史を、ここで終わらせるつもりはありません。何より、私も私の友人達も、まだ終わりにしたくはない」
私は拳を握る。
ミトラーは背もたれにすがる様に体重をかけ……
そして大きくため息をついた。
「……強いな」
「レースでは完敗でした」
私は首を振った。
「今の貴女にさえ私は敵いません。機械の力を借りてなお、です」
バズズが笑う。私はそれを受け流し、静かに目を閉じた。
「……目の前の事態と己の力量を比べてみれば、自分にできることはいくつもない。だからこそ……」
右拳を左手で包み、私は両肘をついた。
「私は私にできることをやるだけです」
天使長は感心したような表情を浮かべ、私を見つめた。
急に気恥ずかしくなって、私は肩をすくめた。
「今のは私の言葉ではありませんよ。ある勇者が書物に書き残した言葉です」
恐らくミトラーも知っているだろう。大勇者の異名を持つ人物だ。私自身、その言葉に救われたこともある。
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勇者の使徒……などと名乗るのも烏滸がましい私だが、一度はそれに憧れたことのある身。その言葉を引用するぐらいは、許されるだろう。
リルリラがニマリと笑みを浮かべ、人差し指をピンと立てた。
「そうそう。ジタバタするしかないなら、やることは一つ!」
有名な格言だ。エルフと私は視線をかわし、歯を見せて声を揃えた。
「「ジタバタしましょう!」」
ついに天使は吹き出した。
笑っていた。
笑いながら、ミラーグラスの奥が光るのを私は見た。
バズズは無言だった。言うまでもなく最初から最後まで、無表情のままだった。