天使の要請に、ドゥラ院長は力強く頷いた。
「わかりました。私が信頼する技術者を神都に派遣しましょう」
彼は人を呼ぶと、テキパキと迅速に指示を飛ばし、手続きを済ませる。
天使はあからさまにホッとした表情を見せた。プクリポ達のように突飛なことを言い出さないかと神経質になっていたらしい。
一刻を待たずして部下たちが事態を把握し、動き始める。私から見ても、彼の手際の良さは相当なものだった。カンティスは満足そうに頷いた。
「さすがは研究院きっての秀才……何の後ろ盾も無しに身一つで院長にまで上り詰めたのは伊達ではないな」
「……私のことをご存じで?」
ドゥラは驚いたようだった。カンティスは得意げに頷く。
「地上を見守るのが天使の役目だ。大きな事件や有望な人材があれば星導課からの報告がある」
「そうですか……」
ドゥラ院長は、ドワーフにしては線の細いその顔を物憂げに俯かせた。
「では私の醜態もご存じでしょう」
「……天魔クァバルナの一件だな」
ドワーフは深く頷いた。
確かにドゥラ院長は逸材である。努力家であり、不屈の人であり、優秀なエリートだ。
だが少々思い込みが激しく直情的な一面があり、それが原因で過去に不祥事を起こしたことがあった。
天使は静かに、口を開いた。
「かつての俺なら、唾棄すべき愚行、智者と呼ぶに能わずと……貴公を罵ったかもしれん」
「……?」
ドワーフは怪訝な表情で天使を見上げた。
が、彼が何か問いかける前に別の声がそれを遮った。
「まだ終わらねえんですか? 人の家の前であんまり長話しねえで欲しいですよ」
対策本部の目の前にあるゴミの山……もとい、古びた民家の戸が開き、くたびれた風体の小男が顔をのぞかせた。
ガタラ防衛軍の中央陣地はガラクタ城。すなわち……
「これはダストン殿。お騒がせして申し訳ありません。こちらは天……いや、宿屋協会の……」
ドゥラ院長がカンティスを紹介するとダストンは忌避感を丸出しにして叫び始めた。
「ひぃぃぃぃ! そんな優秀そうな人をわしの家の前に招かねえで下さいよッ!!」
犬でも追い払う様な仕草でカンティスを遠ざける。困惑気味に天使が一歩下がる。
城主ダストン。ガラクタをこよなく愛する男。天使の人別帳に彼の名があるかどうか。これで結構な重要人物なのだが。
「いや……俺など優秀でも何でもない」
カンティスは自嘲的に首を振った。
「思い上がりと思い込みから大変な失態を演じ……。今ここにいるのも、懲罰のようなものだ」
ダストンは仕草を止めた。
ドゥラもまた、何らかの共感を感じ取ったのだろう。ハッと彼を見上げる。
ドワチャッカの乾いた風が、翼なき天使の背中をざらざらと撫でる。
そしてガラクタを愛する男は、じっくりとカンティスの周囲を旋回し、品定めを開始した。
「そういえば……いかにも立派そうに見えて、どこか薄ぼんやりした感じ……。これは逸材のニオイがプンプンしてきましたよ!」
「は?」
そして男は、期待に満ちた眼差しで天使を見上げた。
「さてはアンタも、優秀と見せかけてポンコツなんですねッ!!」
「ポ……! ポン……コツ……?」
見えない一撃が天使のこめかみを打ち砕く。
瞳から一瞬にして光が消え去り、ガタラの石畳に、カンティスは膝から崩れ落ちた。
ドゥラ院長は、何らかの共感をもってその姿を見つめていた。
城主ダストンはご満悦。
そして私は……
スライムの見える休憩場所を、一刻も早く探し出そうと決意するのだった。