宵闇の中に、更に色濃く影が躍る。
月明かりと、打ち合う剣が生む火花、そして理力の生み出す燐光が無骨な岩山を照らす。
夜のクエド丘陵。魔神の眷属とガーディアン以下混成部隊が激しくぶつかり合った。
「そこだッ!」
私は上空より襲い掛かる敵影に剣を突き刺す! 影が雲散霧消した。が、その足元。ゾンビのように地面から這い出る影が五つ……いや六つ!
「チィッ!」
私は飛びのいて奇襲を逃れる。膝のあたりに熱が走った。一つ、かわし損ねたか。
なおも追いすがる影の軍団に、光の刃を叩きつける。ギガスラッシュ! 夜に光が走り、またも影が塵と消えた。
その背後……再び這い出る影、八つ……!
「防衛軍でもここまでの数は珍しいぞ」
私はぼやくようにつぶやいた。周囲を見れば、守護騎士団、魔法戦士団の誰もが似たような戦いを演じていた。宵闇の中、火花と咆哮が交差する。
敵は魔神の力を貸し与えられた眷属の魔物だけではなかった。夜の闇をかき集め、人の形に凝縮したかのような影人形の数々が、封印の門から次々とあふれ出す。
呪詛と怨念を滲ませながら迫りくるそれは、戒めの鎖を引きちぎり、己自身を解き放たんとする魔神の先触れであった。
「ぬぅん!!」
ドワーフのトオチャ氏が気合と共に拳を固め、地に打ち付ける。大地を網目状に走る光が敵影を捉え、噴出する! ブラスターフィスト! 光の中で影が崩れ、無に還る。
だがなおも形を保つ影がある。トオチャ氏は危機を察知し、咄嗟に盾を突き出した。影の戦士が見たこともない構えから斬撃を繰り出す!
衝撃が走る!
「クッ!!」
トオチャ氏は10歩も後退しただろうか。
「奴等、出来るぞ!」
ドワーフが警句を発する。我々は頷いた。
古風な闘技を操る影の戦士達は強敵だった。
それもそのはずだ。影人形の中でも特に色濃い闇を宿した彼らは、かつてストレザーテに立ち向かった、古代の勇士の姿を再現した影人形なのだ。
『良き余興なり』
魔神の声が響く。
『かつて我に歯向かった下等生物ども……。その似姿が今、我が尖兵となりお前たちを滅ぼすのだ……』
愉悦交じりのその嘲笑は、かつて天星郷に響いたあのジア・クトのそれによく似ていた。
「不快な……」
カンティスが舌打ちした。門が笑みを浮かべるように歪んだ。
1000年の月日は少しずつ、しかし確実に封印の力を弱めていた。
一方で守護騎士達の1000年にわたる戦いは、眠れる魔神の力を少しずつ削ぎ落していた。
互いに限界が近い。
封印が解けるのが先か、魔神が滅びるのが先か。
光と影の交錯する中で、人と魔とが刃を交わす。
夜の静寂を魔軍の咆哮がかき消し、迎え撃つ戦士の雄叫びが更にそれを上書きする。獰猛な牙と鋼の刃が鋭利な金属音をかき鳴らし、闇の中に怒号と悲鳴が渦を巻く。
激戦であった。
影が宙に翻り、古代の戦技が呪詛と共に守護騎士を貫く。かつての勇士達の技だ。
「……冒涜だ!」
誰かが叫んだ。その声も苦痛の呻きに上書きされる。鮮血が大地を染めた。
それでも、一歩も引くわけにはいかない。
私は歯を食いしばって前に出た。
後方には魔法円を描き、儀式を開始したキリカ修道会の僧侶たちがいる。中央にはサンが。周囲には補佐役の僧侶たちが。
リルリラもいる。
私は剣を握り締めた。
僧侶たちを守り抜き、破邪の儀式を完遂させる。それだけがこの戦の勝ち筋である。ゆえに、退くわけにはいかない。
ダンディオ団長が檄を飛ばした。
「我らはガーディアン、牙を持つ盾なり! 1000年磨き続けてきた牙は! かつての勇士たちに劣ることはない!」
オーガが右腕を天にかざすと、掌に輝きが宿り、光の槍が現れた。守護騎士たちの奥義の一つ、ディバインピルムだ。
「かぁっ!!」
ダンディオの太い腕が大槍を投げつける。影の中央にそれが着弾すると、夜が輝いた。
続いて守護騎士団が光の剣を手に突撃し、影の蹂躙を押し返す。
魔法戦士団も負けてはいられない。弓を手に、彼らの突撃を援護する。
光に照らされた周囲の様子をすばやく確認し、私は頷いた。
「どうやら影人形の中に魔法戦士はいないらしいな」
「左様!」
隣にいたアーベルク団長がそれに応えた。
「1000年前にはヴェリナード魔法戦士団は存在しなかった! 故に敵に魔法戦士はおらぬ!」
団長は不敵な笑みを浮かべた。
「ならば彼奴等に勝ち目はあるまい」
「……確かに」
私も笑った。
「その不運に同情を禁じ得ぬ!」
誇り、矜持。そして信念。魔法戦士団は理力の光を纏い、影の軍団を押し返した。