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夜空に舞う蝶がドッグ・ファイトを開始した。弧を描く光の鱗粉が星のようにきらめく。絡みあい、背後を取り合う飛翔の軌跡が空中に鮮やかなラインを描き出す。ショウとしてはなかなかのものだ。
「しかし随分目立つな」
「実は光の翼があんなに広がるのは予定外でして」
技術者による解説が始まった。
バタフライトは飛行用ドルボード"聖天の翼"の発展系として発案された機体である。飛行装置として、前例のあるものをベースとして採用するのは妥当な発想と言えた。
だが一つ問題があった。
飛行用ドルボードは神都付近に散布された特殊な粒子を利用して飛んでいる。つまり神都周辺でしか使えないのだ。
フォーリオンから飛び立って敵を迎撃するには、それでは困る。
「そこで、燃料とは別に粒子そのものを搭載して翼から噴出し、適宜それを利用して飛翔する方式が採用されたのです」
だが、粒子の制御が予定通りに進まず、過剰にまき散らしてしまうことになった。その結果があの巨大な光の翼だ。
「翼の色がカラフルなのも、不特定多数の粒子がバラまかれてしまった結果でして……」
「オシャレでいいと思います!」
リルリラが呑気な感想を述べた。
だがいつまでも見物客ではいられない。我々も訓練のため、さっそく乗り込むこととなった。
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操縦役はリルリラ。私の弓矢とニャルベルトの呪文が砲弾代わりだ。
「発進!」
一瞬、身体の力が抜けるような浮遊感。リルリラが水晶に魔力を込めると蝶の翅が羽ばたき、上昇が始まる。
「直進しまーす!」
リルリラが宣言した側から右に進路がずれ始める。
「おい、ヨレてるぞ」
「軌道修正! 左!」
水晶が輝く。と、今度は左に急旋回を始めた。「ニャッ!」と猫が喚いた。機体が揺れ、体がよろめく。
「曲がりすぎだ! 調整を!」
「今やってるから! 右みぎミギ!」
「ニャーーッ! 高度が落ちてるニャー!」
「上!」
「おい、ひっくり返るぞ!」
上、上、下、下、左、右、左、右。猫が悲鳴を上げた。急旋回が続く。
景色が5回転ほどシャッフルし、三半規管が音を上げそうになったころ、ようやく光の蝶は直進を開始した。
「あーー、やっと慣れてきた!」
リルリラは爽やかな笑みを見せた。
「……それは何よりだ」
私と猫は円盤に張り付くように伏せていた。この姿勢が最も安定する。戦闘は不可能だが。
ようやく立ち上がり、周囲を見渡す。フォーリオン上空。聖天舎が随分小さく見える。周囲には雲と星、そしていくつかの"蝶"の姿が見えた。
『可能なら模擬戦に参加してみて下さい』
連絡石の指示に従い、我々は杖と弓を構えた。
浮遊感が身体を襲った。
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*
それからしばらく、訓練の日々が続く。
円盤の周りに貼られた薄い膜は風や多少の塵程度ならば弾いてくれるが、やはり不安定な足場には変わりない。
戦闘員には、揺れ動く足場への適応が求められた。これは子供のころから船に乗り慣れているウェディの得意分野だった。
装備も厳選する必要がある。何しろ飛行する相手に剣や斧で斬りかかろうとするなら、すれ違いざまの一瞬にタイミングを合わせる必要があるのだ。余程の達人でなければ、戦いにならない。
バタフライト隊には、呪文や飛び道具の使い手が優先して選抜された。幸いにも私とニャルベルトは条件を満たしていた。リルリラも操縦に慣れてきたようだ。
「残りの者は、それぞれ別の部隊に回ってもらう」
訓練と打ち合わせが続く中で、カンティスがそう宣言した。
迎撃用のフライト隊の他、フォーリオンの操縦と指揮を担う中枢部、フォーリオンで魔眼の月に接舷し、乗り込んでの白兵戦を挑む突撃隊、逆にフォーリオンに降下してくる敵に備えて待機する守備戦力。これらにそれぞれの適合者が割り振られ、司令官たる天使長ミトラーが全体を指揮する。
合理的な布陣と言えた。
だがいかに完璧な計画を練ろうと、敵もまた策をめぐらせてくる。全てが思惑通りとはいかない。戦いとはそういうものだ。
今回もそうだった。
ある日の午後、訓練を続ける我々の前に深刻な顔をしたカンティスが飛来し、鋭く指令を発した。
「全員に状況を共有しておきたい。冒険者たちを集めてくれ」
事態は大きく動き始めた。