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高飛速する光の蝶が、敵の降下部隊をやり過ごし、月を目指す。
天を超えて星辰の世界へ。空は徐々に明るさを失い、夕焼けは暗く染まりつつあった。
「奴ら、追ってこなかったな」
天使兵のハルルートが空の下を覗き込んだ。敵もまた我々を無視して降下を続行した。敵対する部隊同士が奇麗にすれ違った形となる。
天使長ミトラーが捕虜から得た情報によれば、魔眼砲の発射を待たずして直接制圧に乗り出してくるのは、ジア・クトでも過激派に相当する連中だ。彼らの興味は迎撃・防衛にはなく、あくまで敵地の蹂躙、占領にあるのだろう。
「とはいえ、我々の接近は報告されているはずだ。別途、守備隊が出てくると思っていいな」
『それは好都合』
僚機からプクリポの術師が語る。
『我々に目が向けばその分、英雄達が楽になるというものです』
「そういうことだ」
私はもう一度、空の下に目を向けた。
恐らくこの後、神都の守備隊と降下したジア・クトの間に激しい戦いが待ち受けているだろう。
何人かの見知った冒険者と天使達の顔を思い浮かべ、私は短く健闘を祈った。
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「向こうもこっちの健闘を祈ってる頃かもね」
リルリラが上空を見つめながらそう言った。
魔眼の月と目が合う。その周囲、鉱物のようにきらめく飛翔体が多数。早くも防衛網が展開されていた。
「初手はどうする、軍師殿」
私の声にプクリポの術師がフムと頷く。
『見たところ敵は漫然と群がっているのみ。先制攻撃で主導権を握りましょう。陣は鶴翼! 広範囲からの一斉射撃でこちらを大軍に見せかけるのです!』
蝶が速度を上げ、陣を広げた。粒子の軌跡が鮮やかな曲線を描く。各機の先端には選りすぐりの魔導士、狙撃手、砲手に射手が立ち並ぶ。私も理力を矢に込め、弓を構える。隣で猫が杖の先に火球を浮かべていた。熱と光に汗が滲む。
敵から見れば無数の輝きが月に押し寄せるように映っただろう。
にわかにジア軍が動きだす。その機先を制し、軍師は扇を振り下ろした。
「発射!!」
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号令と共に張り詰めた弦が弾け、理力と共に矢が射出される。光条が空を泳ぐ。ニャルベルトもまた火球を飛ばす。夜の空を炎が舐め上げ、雲を赤く染めた。
これが戦いの始まりだった。
*
ジア・クトの魔物達が、鉱物化した肉体をこちらに向ける。戦いの爆光を照り返し、黒光りする身体が獰猛に輝く。
我々の先制攻撃は、どうやら敵を釣りだすことに成功したようだ。天の箱舟から通信が入る。機関士を務めるクリュトスからだ。
『英雄達は潜入に成功! 作戦は順調です!』
「了解、こちらは時間を稼ぐ!」
蝶たちは前衛、中衛、後衛の集団に分かれ、円を描くよう陣を組みなおす。遊撃隊として3機が別軸に浮遊。我々は前衛に位置取る。
敵もまた速度を上げる。接敵の時が迫る。ジアの魔物が無機質な翼を、触手をはためかせた。その刹那!
「前衛機、撃てっ!」
号令に合わせ、私は矢を放った。ニャルベルトやハルルート、各機の射手たちも同様だ。無数の矢玉が飛ぶ。狙い過たず命中! だがその爆炎の中から、光る眼玉の群れが現れる。ジア・メーダ。鉱物生命体と化したモンスターの一種だ。
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金属質に輝く眼球が一瞬、光に満ちると、そこから一直線に怪光線が放たれる。リルリラは蝶を宙返りさせ、それをかわした。
そしてそのまま弧を描いて後衛の後ろまで下がる。他の前衛機も同じく後退。代わって中衛機が前に出る。
「第二陣、続け!」
中衛機が一斉に攻撃を開始する。光弾が、呪文の弾丸が夜空を飛び、メーダの群れを直撃する。直後、後退。後衛が前衛まで上がり、第三射を放つ。我々は中衛の位置まで上がる。
常に隊列を入れ替えることで敵に的を絞らせず、次々に波状攻撃を仕掛ける三段撃ち戦術。これが訓練で身に着けたバタフライト隊の基本戦法だった。
金属質に変化したメーダの触手を矢が貫き、鉱物化したデーモンの翼を火球が焼き砕く。空を飛べないはずの冒険者達が組織的な空中戦を仕掛けてくることは、彼らにとって想定外だったようだ。色とりどりの蝶が次々に身を翻し、暗く染まった空を駆け巡る。
業を煮やしたジア・デーモンの一群が、怒りに任せ突撃を開始した。強引に接近して動きを封じ、戦況を打破しようというのだろう。
だが、それを急襲する影がある。遊撃隊として待機していた3機だ。彼らはそれぞれに剣を構え、鉱物生命体へと突進する。選りすぐりの抜刀隊。空中での接近戦をモノにした少数精鋭だ。
蝶が敵へと迫り、すれ違いざま、剣閃が走る。金属同士が激突する衝撃音が空に響き、結晶の翼が破散する。
そして再び前衛に舞い戻った我々が射撃を開始、動きを止めた的に矢玉を打ち込むと、彼らは物言わぬ岩石と化して闇の彼方へと落下していった。