フライト隊の戦術は想定通りの戦果を上げつつあった。快哉の声が上がる。
さらに箱舟からの通信が入る。
『報告します。英雄達は目標の破壊に成功……!』
部隊の高揚は最高潮に達した。
だがそれも、虚空の彼方から見下ろすような嘲笑が、戦場に響くまでのことだった。

「「評価する」」
と声は言った。
「「地を這う者どもの、健気な抵抗。儚く無意味にして、愉快」」
二重三重に滲むような不確かな音声。空間に反響するその声は、四方八方から聞こえてくるようだった。
「見ろ!」
誰かが上空を指さして声を上げる。
金属質のスーツに身を包んだかのように輝く肉体。逆立った短髪もまた金属のように硬質だ。そしてその瞳は仮面のように無表情で、無慈悲であった。
一目でわかった。あれは雑兵ではない。恐らくジアの幹部格。
「ジア・クト流に言うなら、偉大なる原石のひとかけら、という奴か」
「「肯定する」」
私の呟きに彼女は答えた。
「「ジア・ミラルダ。我の名だ」」

彼女が片手をあげると、虚空が渦を巻き、周囲を取り巻くようにジアの尖兵達が現れた。援軍だ。部隊がどよめいた。かなりの大軍である。
だが絶望はそれだけではなかった。
クリュトスからの通信は終わってはいなかった。
『落ち着いて聞いてください、想定外のことが……魔眼砲は、もう一門存在したのです!』
隊員達の顔色が変わる。ジア・ミラルダの嘲笑がそれに重なる。
『隠された砲門を管理するのはジア・クトの王、ジア・ゲノス自身……そして英雄達は……』
天使は苦し気に声を絞り出す。
『……フォーリオンの到着を待たず、独力での決着を選択しました』
「何だと……?」
その言葉を肯定するかのように、魔眼の月の上部が大きくせり出し、ハッチを開く。その内側から巨大な人影が浮かび上がった。
ジア・ミラルダが天を仰ぎ瞳を細める。
「「ジア・レド・ゲノス。我らが盟主」」

白金のように輝く異形の巨体。沈んだ太陽になり替わるかのように、ゲノスの威容が高くそびえる。
その足元に、白く輝く巨大な巨大な光輪が現れた。
『あれは天使の光輪……戦いのための足場です!』
クリュトスが叫ぶ。光輪の上には現代の英雄こと"エックスさん"と導きの天使ユーライザ、そして闘神ラダ・ガートの姿。
それを取り囲むのが始原の歌姫リナーシェ、英雄王フォステイル、賢哲の盾ドルタムだった。
ハクオウ、カブ、ナンナの姿は見当たらない。それが何を意味するのか、誰もが理解していた。リルリラが小さく印を切った。
戦いが始まった。彼等だけの戦いが。
空が鳴動し、夜に稲妻が走った。
*
光と闇の中に浮かび上がる英雄達の戦いは、神話の叙事詩を思わせる壮絶なものだった。
バタフライトが何度か介入を試みるが、接近すらままならない。
巨大な光が幾度となくぶつかり合い、爆炎と稲光が光輪の上を交錯する。その流れ弾一つで、我々の乗るバタフライトなど、木っ端微塵に破壊しつくされるだろう。
「畜生ッ!」
ドワーフの道具使いが悔しげに叫んだ。
「俺達は結局、何もできないのかよ!」
何かを叩きつける音が響く。
「「否定する」」
ジアの原石が嗤う。
「「役目がある。お前たちには」」
「何!?」
ジア・ミラルダは片手を振り、配下の軍勢に何事か命じた。
「「見せよ。我らに。絶望に歪む顔を」」
彼等は光輪に向かって進撃を開始した。ジア・ゲノスの援護……いや、そうではない。彼らの放つ光線が、魔弾が狙い撃つのは天使の光輪そのもの!
「奴ら、足場を破壊する気か!?」
隊員たちが血相を変えた。光輪が消えれば、英雄達は戦うことすらできなくなる。
「全軍防衛に回れ! 死守だ!」
バタフライトが急行する。
焦燥と緊張の中でしかし、私は奇妙な安堵感を抱いていた。
まだ出来ることがある。
我々の戦いは英雄叙事詩に描かれることはないかもしれないが、彼等の足場を支えることぐらいはできるのだ。

蝶が輝く粒子をまき散らす。流れていく視野の中で、星が光の線へと変わった。同じ目標を目掛けて、両軍が殺到する。
ジア・ミラルダは不動。無言でそれを見下ろし続けた。
「おいッ!」
ドワーフが挑発的な仕草と共に叫んだ。
「手下任せで高見の見物かよ? 降りてきたらどうだ?」
「「却下する」」
彼女は薄く笑い、宣言した。
「「大いなる原石は些事には触らず、ただ見下ろすのみ」」
指揮官が傲然と手を振り下ろす。鉱石の身体を持つ兵士達が速度を上げる。
「「ジア・ミラルダ。睥睨する者の名だ」」
敵の軌道がバタフライトの軌道に重なる。私は矢をつがえ、歯を食いしばった。
ここからが本番だった。