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「下がれ! 狙われてるぞ!」
警告とも怒号ともつかぬ叫びが空を走る。リルリラは目まぐるしく水晶を操り、バタフライトをジグザグ飛行させる。私は追いすがる敵に五月雨に矢を放つ。ニャルベルトも矢継ぎ早に火球を撃ちこんだ。
視界は既に、ジアの魔軍で飽和状態だった。訓練通りの三段撃ちなど、もはや望むべくもない。敵味方入り乱れての乱戦である。炎が鎧を焦がし、至近弾が肩を掠める。怪光線の飛び交う空を、バタフライトは懸命に飛翔した。
天使兵は蝶から飛び立ち、苦戦する機の援護に向かう。だがその天使の翼を無慈悲なるジアの刃が襲う。
「クッ……!」
白い羽が舞い散り、天使が苦悶の呻きを上げる。
「リラ!」
「アイ・サー!」
リルリラは負傷したハルルートの下に潜り込むようにバタフライトを操った。天使が落下するように蝶に降り立つ。
「すまない!」
天使は苦痛に顔を歪め、鮮血にまみれた翼を抑える。リルリラは治癒の呪文でそれを癒しつつ蝶を操る。速度が少し鈍った。
その隙に、視界を埋め尽くすジア兵がバタフライトに殺到する。矢の弾幕も爆炎も、もはやそれを阻むことはできなかった。
「ミラージュ!」
ついにジア・デーモンの一体が弾幕を突破し、蝶に乗り込んでくる。続けてジア兵が下り立つ。リルリラの悲鳴と同時に、私は弓を手放し、剣を構えた。鉱物化し、角ばった魔物の脚が無遠慮に蝶の背を踏みにじる。
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「不躾な!」
乾いた音が響き、乱入者の剛腕と剣が重なり合った。鍔迫り合い。蝶の羽が閃くたびに、ジア念晶が色を変える。私は影を押し付けるように体重をかけ、押し返した。
「ノックもできない客は、お断りだ!」
理力を込めて、胴を薙ぐ。光の剣閃が、ガリガリと音を立てて念晶を削る。火花が散り、ジア・デーモンが吹き飛んだ。
それでもなお、次なるジア兵が前進する。無造作に振り下ろした腕は、鉄塊の重さで敵対者を粉砕するだろう。
衝撃が走る。
私は歯を食いしばり、盾で一撃を受け止めた。下がって受け流したいところだが、背後にリルリラ。退くわけにはいかない。
私は盾越しに肩から体をぶつけ、強引に前に出た。
「お引き取り願おう!」
体当たりで機上から敵を押し出す。肩に固い感触が伝わってきた。重く、無機質な兵士たち。
「あっち行けニャーー!!」
ニャルベルトがメラゾーマの火球で追い打ちする。ハルルートもまた、傷ついた体に鞭打って光弾を放った。魔物たちの身体がバタフライトを離れていく。
「速度上げるよ!」
リルリラが宣言し、水晶に力を込めた。急加速! すかさず弓を取り、遠ざかる敵影に追撃の矢を撃ちこむ。翼を貫かれ、ようやく魔兵は動きを止めた。
「なんとか振り切ったか……」
だが一安心とはいかない。他の機も似たような苦戦を強いられているに違いない。
バタフライト隊は抜刀隊を除いて、遠距離戦への適性を重視して選抜されている。機内に侵入されては、本領を発揮できない。自由に飛び回れる天使兵が劣勢に陥った機をフォローすることで辛うじて総崩れを免れている状態だ。
ジア・ミラルダが不気味に笑う。彼女が待機している限り、敵は主力を温存しているに等しい。苦しい戦いと言えた。
治療を終えたハルルートが再び羽ばたく。
「他機を援護してくる!」
「無理はするなよ!」
警告を発し、見送るしかできない自分を呪わしく思う。だが、自己嫌悪など後回しだ。一本でも多くの矢を放ち、敵を打ち落とす。私にできるのは、ただそれだけだった。
リルリラは蝶の翅翼を翻し、ジアの魔軍とドッグ・ファイトを演じる。私は弓を手に、蝶の背を忙しなく立ち回る。
敵の背後を取ったならその背に容赦なく矢の雨を浴びせ、また敵に追われれば尾翼部に立って迎撃の矢を放つ。
「あそこ、マズいニャーー!」
ニャルベルトが大声を上げた。蝶の一機に、敵が押し寄せていた。天使の援護も届かない。機内に乗り込んだジア兵が魔法使いの杖をへし折り、槍を取った僧侶に掴みかかるのが見えた。
「えぇい!」
私は矢を放つ。が、互いに飛行する蝶と蝶の間、正確な射撃は不可能だ。杖を構えたニャルベルトは逡巡の表情を浮かべる。火球の呪文は、下手をすればバタフライトそのものを炎上させるだろう。
私は素早く周囲に目をやった。窮地に陥った機に敵が殺到し、その分、こちらを狙う敵は消えた。ならば……!
「……リラ! 真上につけ!」
私は意を決し、そう告げた。エルフは私の意図を理解したようだ。
「……アイ!」
リルリラは苦戦する蝶の真上に向けて飛行する。
「言っとくけど」
と、彼女は言った。
「すぐ戻ってきてよね!」
「門限は守る」
私は味方機を真下に捕捉し、そのまま蝶から飛び降りた。