「ニャッ!?」
猫が驚きの声を上げた。
落下……! 浮遊感が身体を襲う。だがそれは一瞬だった。遠くにあった景色が急激に拡大していく。
杖を折られた魔法使いが、掌から火球を放とうとしていた。それより早く、ジアの一撃が襲い掛かる。
その頭上!
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光を束ねて振り下ろす。ギガブレイクの強襲だ。
閃光が蝶の背を染める。影が長く伸び、結晶の瞳が驚愕に慄く。
轟音。光が敵を薙ぎ払った。鉱物化した頭部を半ば削り取られ、魔物はよろめく。
着地!
間を置かず、斬り込む。今まさに僧侶を押し倒さんとするジア兵の背に飛び込み、連撃を放つ。剣術指南書曰く、隼の飛ぶがごとく、鋭く、強く、だ。
念晶が砕ける。兵士は呻き声をあげて後退した。
「お、お前……!」
魔術師達は空からの救援に驚いたようだ。こういう動きは教本にはない。ぶっつけ本番だった。
「今の内に回復を!」
私はなおも蝶に乗り込もうと押し寄せる敵を渾身のギガスラッシュで牽制し、乗員の回復を待った。
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光の刃が無機質な鉤爪と打ち合う。しばしの防戦。いくつかの刃が私の肩に突き刺さり、血しぶきを上げた。足を踏ん張り、体重を前にかける。ここは堪えどころだ。
やがて態勢を立て直した魔法使いの一人が氷結の呪文を詠唱した。急激に冷却された空気が氷柱となって敵の一団を氷漬けにする。
もう一人の術師が雷鳴を放ち、周囲を牽制する。敵もさすがに警戒し始めたようだ。押し寄せる速度が鈍る。
私は鍔迫り合いを押し返し、軍靴の裏を敵の腹に叩きつけた。ジア兵がたたらを踏んで後退する。
これで一区切り……否、ここまでが限度。
「悪いが門限だ。孤立だけは避けろよ!」
私はそれだけ言うと再び蝶を飛び降りた。そこにはリルリラの操る元の蝶が待っていた。短期間とはいえ、一人減った分弾幕が緩み、敵に狙われつつある。
猫がニャルプンテの呪文で敵を惑わし、必死に牽制していた。天使兵も急行! そこに私が飛び移る。
「ちょっと遅刻ニャー!」
「すまんな、時計が壊れてた」
着地! 再び私は剣を振るい、迫る敵を薙ぎ払う。後方にジア・メーダの大軍が押し寄せていた。
「ミラージュ! ちょっと光らせて!」
「……? 了解だ!」
私は一瞬迷ったが、すぐ指示に従った。剣に理力を注ぎ込み、輝く剣を唸らせる。ギガスラッシュ連発!。狙いなど付けず、矢鱈めったらに振り回す。
殆どは空振りに終わる。が、輝く軌跡が一瞬、敵の視界を奪う。その一瞬でリルリラは蝶を急旋回させていた。大きく弧を描き、大群の背後に回り込む。
「突っ込むよ、二人とも!」
「応!」
「ニャー!!」
そのまま背後から敵の群れに突撃する! 抜刀隊の真似事は無理でも、小柄なメーダの群れならば体当たりで十分、蹴散らせる。予想外の反撃が敵の混乱を招く。その混乱に光刃と爆裂火球が鉄槌を下した。
血風が吹き荒れる。撤退するジア・メーダが置き土産とばかりに光線を放つ。私は盾を突き出して急所を守り、残りは喰らうに任せた。
不退転の意思を見せねば、敵はつけあがる。私は更に踏み出してギガスラッシュの追い打ちを放ち、まとわりつくメーダらを一掃する。息が荒い。
と、肩に柔らかいものが触れた。
振り向けば、リルリラの掌だった。無茶をするなと、押し付けた細い指が無言の内に語っていた。
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*
周囲に敵影なし。どうやら急場は凌いだようだ。
再び戦況を窺う。各機奮戦しているが、フライト隊の基本戦術は一撃離脱。乱戦が続く限り敵の優位は動かないだろう。
しかしここで水際立った活躍を見せたのが、抜刀隊の面々だった。
「あれ見るニャ!」
ニャルベルトが彼方を指さした。
彼らは私と同じように次々に他の蝶に飛び移り、各機の迎撃戦に加わり始めたのだ。蝶と蝶の間を飛び回る剣士の影が、星空に浮かび上がる。
エルトナの伝説的戦士サムラーイは海戦において、船から船に飛び移りながら華麗に剣を振るい、舞うが如くに戦ったという。エルトナの神秘的戦闘法、ハッソートビ・メソッドだ。
エルフの剣士が蝶から蝶へと飛び回る姿は、まさにサムラーイの再現であった。夜空にカタナが閃くたびにジア念晶が砕けて散り、断末魔の声が響いた時にはもう影を残して次の蝶へと飛び移っていた。