蝶たちが徐々に勢いづく。
各機が近接戦闘力を増したことで、ジア兵も乗り込んでの戦いを躊躇し始めた。距離を取り、射撃による攻撃に切り替える。
これはフライト隊にとっては、好機であった。
崩された陣形を立て直し、三段撃ち戦術を再開する。夜空に再度、蝶の舞が展開される。ジアの軍勢が波状攻撃に怯み、やや後退する。
「ここが踏ん張りどころだ! 陣を崩すなよ!」
誰かが叫んだ。誰もが頷く。
ここにいる全員が歴戦の勇士だ。レクスルクスで、防衛軍で、あるいは常闇の聖戦で、苦戦苦闘を経験してきた。そして絶体絶命の窮地から戦線を立て直し、勝利した経験を持っていた。
その経験が告げていた。ここで立て直せなければ勝ち目は無いと。
夜に胡蝶が舞う。撃っては退き、退いては撃ち、接近戦を拒絶する。敵の持ち味を封じ、自分の戦術を展開する。それだけが、力に勝る敵に勝利する道だと全員が知っていた。
少しずつ戦線を押し返す。徐々に敵影が数を減らしていく。輝くジア念晶が夜空の露と散り、星の光に紛れていく。
「行けるぞ!」
誰かが勇ましく雄たけびを上げた。
……だがそんな戦場に、なおも嘲笑が降り注いだ。空間に反響するような、不気味な声。
ジア・ミラルダは仮面のような顔を愉悦の色に染め、誰よりも高い場所から空を見下ろしていた。
「「堪能した」」
仮面が無機質に微笑む。
「「逃げ惑う。狼狽する。血相を変え、奮闘する。我が愉悦なり。その全てが」」
戦士達は身構えた。いよいよ幹部のお出ましか、と。
だが酷薄なる仮面はそれを嘲笑う様に冷たく光り、両手を広げた。
「「……故に下賜する。更なる混沌を」」
いくつもの閃光が走り、空が渦を巻く。そしてそれが闇に返った時……
「増援だと!?」
そこに空を埋め尽くす新たなジアの大軍が出現していた。
冒険者達が青ざめた。あの数を相手に陣を維持できるか? 絶望が降りてくる。ミラルダは満足げに笑みを浮かべ、嘲りの言葉を紡いだ。
「全ては戯れ。決定権は我が手の内に。ジア・ミラルダ。支配者の名だ」
ジアに満たされた空が徐々に密度を上げながら光輪へと迫る。もはや防ぎきるのは不可能だった。
「だが、勝敗は別だぞ……!」
私は荒い息を整えながら、背後に目をやった。

光輪。守るべき英雄達の足場。光と影が幾度となく爆発を起こし、空を点滅させていた。
ジア・ゲノスの巨体は稲光のように輝き、英雄達は必死の形相でそれに立ち向かう。天が焼け焦げるほどの爆炎が上がる。業火の中に、駆けていく戦士の姿が影絵のように浮かび上がった。
その残光を浴びるだけで、私は肌が泡立つような感覚を覚える。
大魔王と呼ばれたあの冒険者が、闘神と崇められたラダ・ガートが、苦悶の呻きを押し殺し、歯を食いしばっている。手の届かぬほどの高みに立つ彼らでさえ血を流し、痛みをこらえ、力を振り絞って戦っているのだ。
「俺達が先に諦めるってワケにはいかねえよな……」
道具使いが舌打ちしつつ弓を構えた。
今戦いを放棄すれば、英雄達は足場を失うだろう。それは人類の敗北を意味する。撤退は選択肢たりえない。
「可能な限り時間を稼ぐしかありませんなあ」
プクリポの術師がため息をつくのが聞こえた。我々の全滅が先か、英雄達がジア・ゲノスを倒すのが先か。
大空に戦うのは、天星の英雄達だけではない。泥まみれの持久戦だ。
冒険者達は意を決し、それぞれの得物を握り締める。
ジア兵が速度を上げる。ジア・ミラルダが残忍な笑みを浮かべた。
その時だった。
夜の雲が光に包まれた。

真下からの光に、影が色濃く浮かび上がる。
そして我々の足元……低空から上空に向かって、無数の光が打ち上げられた。
まるで柱が立ち上るように、何条もの光が舞い上がる。
それは流れ落ちる瀑布を逆流し、天へと昇る龍の伝説を彷彿とさせる光景だった。
ジア・ミラルダの目が驚愕に見開かれる。
光が、ジアの軍勢へと突き刺さる。真下からの強襲がジア軍をズタズタに引き裂いた。鉱物生命体が悲鳴を上げ、砕けていく。
「「観測する……想定の外側!?」」
ジア・ミラルダが初めて声を荒げた。
光が収束し、夜空が再び顔をのぞかせる。
そして我々の眼下には、見慣れた風景が広がっていた。
「フォーリオン……!!」
都市の内部に火を灯し、空を走る堂々たる威容が、そこに浮かんでいた。