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白い翼が羽ばたく。先陣を切るのはカンティス。後ろにはフェディーラの姿もある。無数の天使兵がそれに続く。
フォーリオン上層には指揮を執るミトラーの姿もあった。
カンティスは飛翔し、我々と同じ高度まで駆け付けると、フライト隊全員を見渡し、頷いた。
「お前達が敵の目を引き付けてくれたおかげで、フォーリオンも動くことができた! 感謝する!」
冒険者たちが喝采と共に拳を突き上げる。
汽笛を鳴らし、天の箱舟も駆けつけた。天使クリュトスだ。
後になって知ったことだが、ある意味、最大の功労者は彼だった。彼は戦闘開始からずっと、天の箱舟で戦況を分析し続けていた。そして英雄達と戦うジア・ゲノスに魔眼砲を操作する余裕はないと判断し、フォーリオンに発進要請を出しだのだ。
相当な博打だったに違いない。だが、彼は賭けに勝利した。
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そのクリュトスも戦線に加わる。審判の天使達は互いに頷き合った。カンティスは太刀を握り、声を張り上げる。
「ここからは総力戦だ。全戦力をもって、ジア・クトを討つ!」
「「不遜と断ずる」」
ジア・ミラルダは不快感も露に目を剥いた。大幹部が片手を上げるとジアの残存戦力が浮上し、獰猛な牙をむき出しにした。
「「覆らぬ! 偉大なる原石の勝利は。いかな小細工を弄しようとも。……ジア・ミラルダ。勝利者の名だ」」
「貴様の名など知らぬ!」
「「下郎、無知蒙昧なり!」」
怒号に合わせ、ジアの軍勢が空を降り刃を振り下ろす。
星空に光が交差した。無数の天使兵が、無数のジア念晶とぶつかりあう。
疲労の極みにあるバタフライト隊もまたそれを援護せんと体に鞭打って空を疾駆した。
光の槍が敵の軍勢を貫き、散開した敵兵を光弾が仕留める。だが同じ数だけ、結晶化した牙が、爪が、天使の身体に突き刺さる。白い翼が空に散り、鮮血が星を覆う。
「負傷者はバタフライトで拾え!」
墜落する天使に冒険者たち急行し、治癒の呪文を唱える。前衛の天使と救護班としてのフライト隊。ここにきて新たな戦術だ。もはや教本など無い。
「カンティス、フォーリオンに降下した敵はどうなっている!?」
私は先の降下部隊が気がかりだった。天使は心配無用とばかりに首を振った。
「守備隊が試練場に引き付けて対処中だ。神都には近寄らせんよ」
「そうか」
私はちらりとフォーリオンを、それに付随する試練の大地を見た。あの場所にも、我々と同じように戦っている仲間がいる。
「まさに総力戦だな」
「ああ。だからこそ、ここで終わりにする!」
カンティスは勇猛果敢に斬り込んだ。
「ニャルベルト、援護するぞ!」
「ニャー!」
私は弓に矢をつがえ、猫は炎の呪文を唱えた。夜を焼く炎が天使の先駆けとなって敵陣を舐める。光の矢がそれに続いた。天使は裂帛の気合と共に太刀を振り下ろし、デーモンの結晶化した肉体を切り裂いた。
フォーリオンの参戦により、戦況は覆りつつある。
だがそれでも敵は多い。無数ともいえる。
「奴等、何人いやがるんだよ!」
ドワーフの道具使いが喚くのも無理はない。プクリポの術師が物知り顔で答える。
「恐らく敵は魔眼砲防衛の時に、英雄たちを侮って戦力を出し惜しみしていたと思われますな」
「その分がこっちに回ってるわけかい!」
ジア・デーモンが蝶と蝶の間に滑り込み、連携を乱そうと接近戦を仕掛ける。ドワーフは懐から小石のようなものを取り出し、その鼻先に投擲した。
「そら喰らえッ! ドゥラ院長肝入りの太陽石爆弾だ!」
礫が小さく光を放ったかと思うと、それが大爆発を起こし、ジアの軍勢を弾き飛ばした。ドルワーム研究院謹製の隠し玉だ。
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爆発が次々に敵陣を巻き込み、鉱石の群れを爆砕する。喝采が上がった。
だがその頭上、ジア・ミラルダの能面のような顔は尚も不気味な笑みを浮かべていた。
再び片手を振り上げる。空に瘴気が渦を巻き、稲光が走る。
「また増援か……!?」
我々は身構えた。ドワーフが炸裂弾を構える。
ジア・ミラルダはニヤリと笑った。
「「面白い玩具を使う。原住民どもの、浅はかなる知恵。ならば……」」
瘴気の渦が次々に収縮し、物質化する。球形のジア結晶。……いや岩石そのもののようにも見える。
「「披露する。我々も。比類なき英知の結晶を」」
「あ、あれは……」
冒険者の顔が蒼白に染まった。
それはあまりにも危険な……そしてあまりにも見慣れた物質だった。
岩石の肉体がジアの結晶に包まれ危険な輝きを宿す。不敵な瞳。凶悪な笑み。無言のまま様子を見ている"それ"は……
「ば、ばくだん岩だーー!!!」
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「「ジア・ロック。この者の名だ」」
彼女が腕を振り下ろすと、無数の爆弾岩が無慈悲な降下を開始する。
カウントダウンが始まった。