
小さな閃光。
次に見えたのは、暗黒の世界だった。
どこまでも落ちていくような、あるいは浮き上がるような……
その両方だった。
「無茶をする奴だ」
誰かの声が聞こえる。白い羽が舞い降りた。
「カンティス、か……」
カンティスは私の隣で、呆れ顔を浮かべでいた。
気が付けば、私は天使に後ろから抱えられていた。足場を失い、夜空を落下する私を助けたのは、天使兵のハルルートだった。
ハッと空を見上げる。爆弾岩の姿は、もう存在しなかった。
「第二波は全て不発、みんなよくやったぞ!」
カンティスが上昇しつつ部隊を鼓舞する。ハルルートは私を抱えたままバタフライトへと戻った。
プスンプスンと煙を上げながら駆け付けたリルリラの蝶が、私を収容する。
「もう、無茶ばっかりして!」

リルリラは奪い取る様に私の腕を掴み、治癒の呪文を唱えた。その形相に、私はようやく自分の状態に気づいた。限界を超えた理力と念晶のぶつかりあいで歪み、焼け爛れた自分の腕に。……さすがに重傷だ。周回遅れの激痛が肉体を貫いた。
「な、治るかな……」
「治すから!」
リルリラは、ほとんどしがみつくように私の腕を抱きかかえた。その掌から治癒の光が溢れる。柔らかく、温かい。
不意に、笑みが零れた。場違いな感情が私の胸を満たしていた。リルリラは気づかない。静かな光が闇夜に漂う。
蝶が夜に舞う。
戦いはまだ、終わっていない。
*
「愉快」
白い仮面が薄く笑った。
「足掻く姿。血相を変え、地を這いずる。いつもそうだ」
そしてジアの原石は我々を見下ろしつつ尊大に指さした。

「お前たちのことは見ていたぞ。我が同胞との戦い。あの魔神との戦い……」
「魔神……ストレザーテのことか!?」
私はカンティスと顔を見合わせた。傲慢なる支配者は問いには答えず、ただ陶酔的に身をくねらせた。
「無意味な勝敗に一喜一憂し、必死で足掻いてみせる。その儚くも愚かしき姿、時に愛おしくすらある」
そして彼女はその指を再度頭上に掲げる。
「この手を振りかざすだけで、その全てが無に還る……そう思うだけで、我が美しき念晶は愉悦に打ち震えるのだ」
再び、混沌が渦を巻く。第三波……ジア・ロックの襲来に誰もが身構える。
だが彼女はその指を、我々に降りおろしはしなかった。
指さしたのは、天使の光輪。
「……しまった!」
ジア・ロックの大軍が光輪を襲う。
カンティスが顔を歪めた。フォーリオンを狙った第二波を食い止めるため、主力部隊は知らず知らずのうちに光輪から遠ざかっていた。最初から、これが狙いか!
「やばいぞ、止めろ!!」
天使が、冒険者が、必死で追いすがる。だがわかっていた。
この位置からでは、あの数は止められない。どうあがいても、三つ四つを壊すのが精一杯だ。
それでも、傍観するわけにはいかない。
人たちは足掻く。念晶は嗤う。
「ジア・ミラルダ。勝利者の名だ」
ジア・ロックは無機質な笑みを浮かべたまま、ゆっくりと光輪に迫っていた。
「くそっ!」
私は癒えきらぬ腕を奮い立たせ、弓を射る。リルリラは私の身体に抱き着くようにして治癒の呪文を唱え、その痛みを和らげた。
天使達も必死の形相で光の槍を放つ。目の前の一つを破壊し、顔を上げる。
そこには今まさに、光輪に到達しようとする爆弾岩の数々が浮かんでいた。
ジアの仮面が愉悦に歪む。
臨界点……!
最初に光が弾けた。
次に、空をつんざく轟音。ジア・ロックは輝き、そして次々に爆裂した。
光と熱が一瞬にして拡大する。いくつもの太陽が同時に輝くような絶望的な光が目の前に広がっていった。