「調査隊が……解散済み……?」
乾いた風がカサカサと圧布を揺らす。白けた空気に包まれた大本営。テントの中で我々に応対したのは、白衣に長い紫髪を垂らしたドワーフ。ドルワーム研究院のドゥラ院長だった。
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彼は思慮深げに腕を組むと、頷いた。
「どうやらヴェリナードへの連絡とあなた方の到着が、入れ違いになってしまったようですね」
「と、言われても……」
我々とて遊びに来たわけではない。補給物資だってタダではないのだ。詳しい話を聞かせてもらう必要がある。
「ええ、もちろん説明します」
彼は書きかけの報告書を閉じ、椅子から立ち上がった。
彼の説明によると……
"エックスさん"率いる燈火の調査隊がこのゼニアスを探索していたのは、単なる未知の大地への好奇心ではない。ある脅威を取り除くことが目的だったそうだ。
「脅威とは……?」
「……混乱を招くから秘密にしてほしいと言われたのですが……」
彼は少し迷ったようだが、私がヴェリナード魔法戦士団の名を出して問い詰めると、諦めたように頷いた。
「もう解決したことですし、いいでしょう。ただし、他言は無用ですよ」
ドラーフは滔々と語った。この地を蝕む恐るべき"創失"の呪いと、眠れる創造神。そして女神ゼネシアの物語を。
それはここに詳しく記すことすら憚られるほど、身の毛もよだつ恐ろしい"呪い"であった。
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「存在が失われる……しかも他者の記憶からも、元々居なかったかのように……?」
「ええ」
彼は頷いた。こめかみに汗が滲んでいる。私も同じだ。
誰からも知られることなく、そっと"消えて"しまう。これほど恐ろしいことがあるだろうか。
隣に目をやると、エルフのリルリラ、猫魔道のニャルベルトも同じ表情だった。二人ともきっと、最悪の事態を想像してしまったのだろう。
我々は普段から三人組で旅をしている。手が足りなければ冒険者を雇うこともあるが、基本は三人だ。
だが、何故三人だ?
一般的な冒険者は、四人組で旅をする。
……仮定の話だが……
もし、我々の他に"もう一人"いたとしたら? そしてそれを、きれいさっぱり忘れ去ってしまっているのだとしたら……?
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エルフの手が私と猫をギュッと掴んだ。私もまた握り返す。だがこの柔らかな温もりすら、忘れてしまうならば……
「ご安心ください」
ドゥラは胸を叩き、笑みを浮かべた。
「彼らは元凶を突き止め、呪いを消し去ることに成功しました。もう心配無用です!」
"エックスさん"と仲間達……燈火の調査隊の功績である。
「それで、解散、と……」
「ええ、それはもう一瞬で……解散式もなく即日解散! 風のように去っていきましたよ」
「イヤ、何故そんなに急ぐ必要が……」
「隊長も驚いてましたよ」
隊長……"エックスさん"が事態を解決して本部に戻ると、既にテントはもぬけの殻だったらしい。薄情にも程がある。ヒューザの奴め!
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「で……我々は到着早々、お役御免と?」
私は言外に不満を滲ませて肩をすくめた。ドゥラ院長は取り繕うように笑みを浮かべた。
「いえ、報告書作成のために研究員はしばらくここに残りますし、各地の経過調査も必要です。皆さんには、いわば第二陣として活動していただきたいと思います」
「第二陣か……」
「それに今後のゼニアスとの交流を考えると、探索拠点は維持しておく必要がありますからね」
院長は意味深長に地図を見つめた。
「今後、ですか……」
地図上、いくつかの地点には国名や市街地、集落の名が記されている。アマラーク、メネト、ムニエカ……。彼の言うようにゼニアスとの"国交"が開始されたなら、その主導権を握るのは間違いなく、調査を主催したドルワームとガートラントの二国となるだろう。
研究院の風雲児と呼ばれた男は、先の先まで見据えているのかもしれなかった。