赤茶けた大地に枯草が舞う、寂寥とした荒野。広大な大地のところどころに、かつての文明の跡がまばらに横たわる。
倒壊した建物の一つ一つが、かつては人の営みそのものだったのだろう。今、その残骸に無数の植物が根を張り、傾いた柱はツタの浸食をなすすべもなく受け入れていた。
探索一日目。
我々が命じられたのは、調査拠点の南に広がる平原の再調査だった。

「話には聞いていたが……殺風景な場所だな」
目に映るのは未整備の伸びきった雑草と、浸食された建物。そしてところどころに高くそびえる樹々。そして地面や樹木に突き刺さる様に生える、巨大な結晶だった。
紫色に鈍く輝くそれは、怪しげなビスマス鉱を思わせる幾何学的な構造で、陽光を幾重にも屈折させながら複雑な色彩を形成していた。
ジア結晶……。我々はその鉱物に、見覚えがあった。
「ジア・クトに滅ぼされた世界か……」
辛うじて整備された道と立て直された道しるべは、調査隊の努力の跡だろうか。
「滅びかけた、でしょ」
リルリラが立札の埃を払いながら言った。
「そうだったな」
私は改めて地図を見つめた。
ジア・クトの侵略で壊滅的な被害を受けながら、ゼニアスの民は不思議な力に守られ、少数が辛うじて生き延びていたのだという。
既に三つの集落が発見され、住民との親交も築かれつつあると聞く。
我々もそうした町に足を延ばしてみたいのだが、まずはゼニアスの地に慣れることからだ。
「今度はあっち行ってみようよ」
リルリラが私の上から声を投げかけた。私は操縦桿を操作し、上昇して並んだ。振動と浮遊感。背後で猫がよろめいた。この機械の操作にも慣れねばならない。

ドルワーム研究院が古代文明を遺産を元に開発・復元したウルベア式ドルバイク。かつて天星郷で作られた飛行兵器"バタフライト"の経験を活かし、単独での飛行を可能とした最新型である。……ウルベア式なので最古型かもしれないが。
調査隊への導入はごく最近だ。
これを使えば燈火の調査隊があえて調べようとしなかった高地や水面近くの探索も可能となる。新たな発見もあるかもしれない。我々は慎重に高度を調整し、川に沿って飛行する。風に煽られた水しぶきが私のヒレを濡らし、私はその刺激に思わず笑みを浮かべるのだった。

河川を辿りながらの飛行は慣熟訓練としても地形調査としても役立った。地図を広げ、目の前の景色と見比べる。
レストリアの名で呼ばれているこの地方は、北に海のように巨大な湖を構え、湖から流れる大河によって大陸北部と隔てられていた。
かつての文明の遺物を残すなだらかな平野を経て、南方には起伏に富んだ山岳地帯が広がる。谷底を流れる川が地下水脈を経由しながら大地を分断し、滅びの時代を経てなお悠然と佇む堅牢な石橋がそれらを結びつける。
西には山岳半島へと続く細い山道が、南東には運河を経て巨大な島が見える。南の山脈の向こうには、タービアと呼ばれる豊かな草原が広がっているそうだ。
「そしてその先には……」
私は風と振動を感じながらドルバイクを上昇させ、山脈の向こうを仰ぎ見た。上昇するにしたがって峰々の壁が消え、荒野に石造りの堅牢な城壁が姿を見せる。内側には、鮮やかな赤い屋根に覆われた尖塔がそそり立つ。
アマラークの城塞都市。おそらく今のゼニアスにおいて最大の建造物の一つだろう。

「あれを見つけた時は、安心しただろうな」
人の営み。このゼニアスがまだ死に絶えていない証拠である。
「でも怖かったかも」
「本当に人が住んでるかどうか、わかんないし……」
「確かにな……」
希望を抱いて遥か旅を続け、たどり着いた先がただの廃墟だったなら……。その失望たるや、筆舌に尽くしがたい。
幸い、アマラークには住民が生き残っており、調査拠点との交流も始まっているそうだ。我々もいずれ、赴くことになるだろう。
だが今は、レストリアの調査だ。私は赤い屋根から目を放し、白くすすけた廃墟へと視界を戻した。
次の調査項目は、この荒野に横たわる数々の遺跡である。
我々はゆっくりと高度を下げ、半ば瓦礫と化した移籍へと接近していった。