ゴトゴトと、低音を響かせながら車輪が回る。乾いた大地に轍の跡を残し、馬車は行く。
私は振り返り、悠久の風に耳ヒレをなびかせた。
数台の荷馬車とそれを管理する人員、そして大量の物資。蹄と車輪が微かに揺れながら大地に足跡を刻む。
願わくばこの旅路が、ゼニアスとアストルティアの大いなる一歩とならんことを……などと言うのは、ちょっと気取りすぎだろうか。
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私の名はミラージュ。ヴェリナードに仕える魔法戦士である。
現在の任地はここ、果ての大地ゼニアス。新天地ゼニアスの調査が主な任務だが……現在はこのキャラバンの護衛として馬車を先導する立場にある。
飛行型ドルバイクのライトが道を照らし、周囲の様子を映し出す。敵影なし。合図を送ると馬車がスピードを上げた。
目指すはアマラーク。恵み豊かなタービアの草原に君臨するゼニアス最大の都市である。
エルフのリルリラがドルバイクの高度を下げ、御者席のドワーフに声をかけた。
「アマラークにいるジーガンフさんって、どんな人なんですか?」
私も耳を傾けた。
ジーガンフ氏は"燈火の調査隊"の一員で、今はアマラーク王国に客分として滞在している。
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聞くところによるとアマラークは"フーラズーラ"なる魔物の脅威に脅かされており、それを救ったのがジーガンフ氏の武術だったそうだ。以来、武術師範として彼の地に留まり続けている。氏への慰問も、今回の目的の一つだ。
「寡黙で無骨な雰囲気の、いかにも武人という方ですね。でも案外、周りに気を遣う人なんですよ」
エルフはドワーフと談笑にふける。先頭の馬車に積んであるのは氏からの要請で運び入れることとなった補給物資だ。
私は後方に目をやった。
残りの馬車に積んであるのは、補給隊自身が使うための物資、そして……
「交易用の商材、か」
ある意味では、そちらの方が今回の主任務である。アストルティアから搬入した物資の一部を、アマラーク王国に買い取ってもらう計画だ。
価格はかなり良心的……格安と言っていい。名目上は国難に襲われたアマラークへの支援ということになっているが、これを機にアストルティア・ゼニアス間の貿易を成立させたいという狙いもあるのだろう。上手くすれば、これが歴史上の大いなる一歩となるかもしれないのだ。
そしてそれは、私にとっても好都合だった。
私は一計を講じ、大量に持ち込んだサバ缶を補給物資に加えてもらえるよう提案した。
この記念碑的な交易に、ヴェリナードも一枚噛ませてもらおうというわけだ。
「なるほど」
とドゥラ院長は頷いたものだ。
「アストルティアからの補給物資……妙に缶詰が多いと思いましたが、こういうことも想定されていたのですね」
「……想像にお任せしますよ」
目を逸らした私を、リルリラが呆れた目で見つめていたのを覚えている。
実際のところ、サバ缶好きのヒューザをからかうために過剰に持ち込んだだけなのだが……当のヒューザがアストルティアに帰ってしまったため、余って余って仕方がない。どうにか処理せねばと思っていたところだ。
まったく、ヒューザの奴め!
エルフのリルリラが白けた薄目のままため息をついた。
「ヒューサさんのせいかなあ、それ?」
「間違いなく奴のせいだ」
私は断固として頷き、猫は長い声で鳴くのであった。
操縦桿を引き、再び上昇。周囲の安全を確認する。そして景色も。
どこまでも広がるレストリアの平原、右手には青ざめた山脈がそびえ、その向こうに特徴的な尖塔の赤屋根がかすかに見える。アマラークの城塞都市だ。
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タービアはレストリアのすぐ南。地図上は南に直進すれば簡単にたどり着ける位置にある。
私はフム、とため息をついた。
「このドルバイクなら、一直線で向こうまで行けるんだがなぁ……」
「馬車はムリでしょ」
隣に並んだリルリラがすかさず指摘する。彼女の言うとおり、間には険しい山脈が立ちふさがる。トンネルや街道の類も存在しないようだ。我々の単独行動ならともかく、荷馬車を引き連れた今回の旅では、迂回一択である。
「と、すると……やはりこちらか」
私は地図を広げ、街道を指で辿った。
レストリアの東に、シュタールの名で呼ばれる巨大な島がある。大陸とこの島を結ぶ巨大な架け橋は、幾千の年月を経てなお健在だった。
この島に一旦渡り、南下。山脈を通り過ぎたあたりで再び架け橋を渡って大陸側に戻り、タービアへ。どうやらこれがゼニアスの一般的な貿易ルートだったらしい。
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長い年月とジアの侵略により分断され、もはや消え失せたはずの交易路を我々の旅路が再現する。歴史学的にも面白い試みだ、とはドゥラ院長のお言葉である。
「私たちが足跡残しちゃおうか」
エルフは悪戯めいた表情で笑うのだった。