アマラークを目指し、旅は続く。
レストリア平野から東へ、運河にかかった巨大な架け橋を渡ると、そこがシュタール鉱野である。
だが……
「これは……ひどい」
私は思わず呟いた。
私の目の前に広がっていたのは、"滅び"を絵にかいたような光景だった。
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どんよりと暗雲の立ち込めた空にはオーロラ状に輝く不気味な光が渦巻き、ひび割れた大地には命の気配すら見当たらない。わずかに自生した背の低い草が健気にその生命を主張しているのみである。
猫魔道のニャルベルトもあんぐりと口を開いたままだ。
「ここまでくると、草とか木よりアレの数の方が多そうだニャー」
と、猫は呟く。ジア結晶のことだ。
大地に突き刺さった巨大結晶の数々が樹木に代わって大地を妖しく彩る。風雨に削られ、槍のように尖った破片は、どういうわけか宙に浮遊していた。ドルボードで近づくとキーンと耳鳴りのような音が聞こえる。
それが滅びた者達の恨み言のように思えたのは、きっと頭上を漂うオーロラのせいだろう。
「確かにこれは、荒野というより鉱野だな」
私はため息をついた。これに比べればレストリアなどは楽園に分類される。エルフのリルリラが、飾り布をフワリと浮かせながら頷いた。
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とはいえ、この地の鉱物資源は、何もジア・クト由来の結晶ばかりではない。
島の中央付近には採石場の跡もある。かつては鉱山都市や街道が一帯に広がっていたに違いない。
西の海には小島が浮かび、灯台らしき建物も見えた。恐らく鉱山で採れた銀や鉄を港から輸出していたのだろう。
我々はドワーフ達と共にその痕跡を探したが、無常なる年月と風雨、そしてジアの浸食はそれらを跡形もなく平らげ、食いつくしていた。
「でも、この鉱山だけでも興味深いシロモノですよ!」
馬車から飛び降りたドワーフの一人が、興奮気味にまくしたてた。
「見てください! あの鉱石は恐らくゼニアス独特のゼーラズマ鉱石! ここが原産地かもしれません!」
この旅は道中の調査も兼ねている。これまでは護衛が足りず、詳しい調査が出来なかったのだ。
「いやあ、たまりませんねえ!」
死せる大地に活き活きと、研究員の声が弾む。恐らくここ数千年でこの地に響いた中で、最も楽しげな声だったに違いない。
が、それが敵を呼ぶ。
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突如、革を擦るような奇妙な高音が鉱野に響いた。続いて、金属が足を踏み鳴らすような歩行音。私はそれらに聞き覚えがあった。
即座に警告を発する。
「全員、調査を止めて馬車まで戻れ!」
「あいつら、ヤバそうニャ!」
猫が指さした。その先には、今も稼働を続ける戦闘機械の数々があった。数体で隊列を組み、周囲を警戒する四本足のキラーマシーンタイプ。岩石地帯に適応したデザートモデルだ。かつては採石場の警備員として、あるいはジア・クトへの備えとして、この地を守護していたのかもしれない。
今、守るべきものを失い、ただ歯車の回る限り永遠を生き続ける。そんな彼等の生涯に思いを馳せるのも一興だろう。
……彼らが我々の方に、一直線に走ってきていなければ、の話だが。
「下がれ!」
私は再度の警告と共に駆けだしていた。ゼーラズマに夢中になっていた研究員が一人、逃げ遅れている。
「リラ、避難を頼む! ニャル、援護を!」
「アイアイ!」
「ニャー!」
ようやく事態を把握したドワーフが恐慌の叫びを上げる。デザートモデルは四本足で素早く崖を駆け下りた。
割って入る!
戦闘機械が鋭く刃を振り下ろすのと、私が盾を突き出したのは同時だった。
キィンと金属同士が打ち合う音が響き、ジア結晶に音叉のように木霊した。宙に浮いた青い破片が地面に落下する。戦闘機械の無機質なモノ・アイは、数千年越しの標的に歓喜するように緑色に輝いた。
同じ色に染まったモノ・アイの群れが、その後ろから押し寄せてくる。
「歓迎してくれるのは有難いんだが……」
どうやら私は、彼らの任務を永遠に完了させてやる役割を背負わされたようだ。
「恨むなら、君らを頑丈に造りすぎたマスターか、ジア・クトにしてくれ!」
ストームフォース! 雷を纏った剣が戦闘機械の脚を薙ぐ。デザートモデルは三つ脚でもバランスを保ったが、剣先は揺れた。無機質な刃が空を切る。その隙を逃さず、私の剣がモノ・アイを貫く。カメラのその奥、彼らを操る陽電子脳の中枢まで!
ストームフォースの雷雲が機械の内側で弾けると、プスンと何かが焼き切れる音がした。何らかの致命的なエラーが、彼の命脈を不可逆的に停止せしめたのだ。
一機が倒れ、後続が襲い来る。
ドワーフと入れ違いで、ニャルベルトが援護の火球を投げつけた。山道が赤く、黒く染まる。
黒煙を潜り抜けて躍り出た機械の刃を、私は再び受け止めた。