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炎が切り立った崖を赤く染める。剣戟の音が響く。次々と押し寄せる戦闘機械を、我々は辛うじて迎撃していた。
「モタモタしてるとドンドン来るニャー!」
「わかってる! 避難が完了し次第、切り上げて逃げるぞ!」
気合一閃! ギガスラッシュの剣閃がデザートモデルの脚部をまとめて薙ぎ払った。装甲に覆われた胴よりも、細い手足を狙うべし。この手の相手にはこれが定石だ。仰向けに倒れた機兵のモノ・アイを素早く刺し貫く。一つずつ、緑色の輝きが消えていく。
「まだ来てるニャーー!」
更なる敵影に、ニャルベルトが炎を投げつけた。鉄機兵のアーマーが業火に照らされ、灼熱の色に染まる。
リルリラが避難完了を報せに来た時、我々の足元には更に数機のデザートモデルが倒れ伏していた。光を失ったその瞳は、どこか満足げに見えた。
そして爆炎の彼方から、何らかの期待を宿したモノ・アイが尚も近づいてくる。
「悪いが、残りはまたの機会だ!」
私は彼等に別れを告げ、全力で撤退した。馬車ともども採石場を離れ、周囲を見渡せる高台まで後退する。
機兵は、追ってこなかった。我々が採石場付近を離れると、らんらんと輝いていた瞳を静かに消灯し、うなだれたような面持ちで持ち場に戻る。権限を持った誰かが命令を上書きするまで、あるいは敵対する誰かに破壊されるまで、彼らは永遠に持ち場を守り続けるのだ。
少なくとも前者はもういない。後者は、いつか現れるだろう。多分、何十日か何十年か、あるいは何千年か後には。
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ともあれ、ひと段落だ。
私は腕に受けた切り傷に顔をしかめ、リルリラの治療を受けながら、地図に×印をつけた。
「あの一帯は迂闊に近づかない方がいいな」
交易には安全なルートの確立が不可欠。かつては鉱山都市に立ち寄ってから街道に沿って南下したのだろうが、今では御覧の有様だ。多少回り道になるが、採石場を迂回して南へと続く道を辿る方が現実的だろう。腕の傷は、授業料ということにしておこう。
「でも惜しいですねえ」
と、ドワーフの一人が呑気に呟いた。
「あの機械兵士、手に入れば相当な値打ちものですよ。何しろ異世界の、しかも何千年も前に失われた技術の結晶ですからね!」
「……余計な仕事を増やさないでくれると助かるんだが……」
さすがに私は苦笑するしかなかった。まったく、研究者という人種はいつの時代も純粋すぎて困る。
「ハイ、治療終わり!でも無理は禁止!」
リルリラはふわりと羽を羽ばたかせながら立ち上がった。衣の裾が揺れ、色鮮やかな飾り布が宙を舞う。その光景もオーロラにかすみ、無骨な大地に紛れていった。
*
その後も我々はいくつかの調査を行った。
例えば、結晶片と共に宙に浮かぶ謎のシャボン。
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大きさは人間族の背丈ほどだろうか。オーロラの光を受け、複雑な色に輝くそれはシュタールの幻想的な、そして破滅的な光景を演出するのに一役買っている。
発見するや否や、研究員はすぐさま採取を依頼してきた。中にガスが詰まっているかもしれないから気をつけろ、とのことだが……
「どう気をつけろというんだ……?」
シャボンはしばしば風に揺れ、鉱石と衝突して破裂する。手で触れても同じだろう。相談の結果、とりあえず破裂した際に飛び散った液体をサンプルとして持ち帰ることとなった。
「本当はシャボンのまま持ち帰りたいんですがねえ」
白服は肩を落とす。無茶を言うものだ。
彼は揺れる馬車の上で、さっそく試験管に収めた液体を調べ始めた。見たところは何の変哲もない液体だが、わずかにジア結晶と同じ成分が含まれているそうだ。
「この地方は降雨量は多いはずなんですが、その割に大地は乾燥しているんです。このシャボンが、その矛盾を解決するカギになるかもしれませんね」
「例えば、水分がシャボンの形で地面から吸い上げられてるとか?」
調査員達は緑色の額を寄せ合って議論を開始した。馬車の中は賑やかだ。私は肩をすくめた。興味がないわけではないが、我々の任務は旅の安全を確保すること。
そろそろ日も暮れる。その日は野宿となった。