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戦いは続く。
魔狼が左右に小刻みにステップを刻み、変幻自在の動きを見せれば、こちらは横薙ぎのギガスラッシュを放ち、その動きを封じる。紫紺に輝く狼の四肢が高く跳躍して光を飛び越えれば、ニャルベルトの火球がそこを狙い撃ちにする。回転しながら着地する狼に好機とばかりに詰め寄るも、魔狼は雄叫びと共に口から電撃を放ち、私の身体を正面から貫く。身体に走る痺れるような激痛を、リルリラの癒しの呪文が和らげていった。
「ただのモンスターじゃあないな」
私は立ち上がり、魔狼を正面から見据えた。獰猛な牙、鋭い爪、しかしどこか神々しいその佇まい。獲物を射抜く瞳にも、単なる本能だけではない、例えるならば主君に仕える騎士のような、毅然とした光が宿っていた。
「てごわいニャ」
ニャルベルトも頷く。長い毛並みに汗が滲む。こちらは息が上がりかけているが、敵はまだ悠然とこちらの様子を窺っていた。長引けば、じりじりと追い詰められるだけだろう。
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「ねえ! あっちから逃げられそうじゃない!?」
リルリラは白い空間の一角を指さした。緑色の輝きが雲のような地面から溢れていた。あの石碑と同じ光だ。
確証は一つもないが、試してみる価値はある。少なくともここで謎の魔獣と戦い続けるよりはマシだろう。
我々は頷き合った。
後はあの狼がそれを許してくれるかどうかだ。魔獣は道を阻むように脚を広げ、雄たけびを上げた。
一斉攻撃で怯ませ、一気に駆け抜けるしかない。
三位一体、意を決し武器を構える。くだらない内輪もめなど、もはやどこにもなかった。
私は剣先で小さく円を描きながら理力を集中した。光、闇、地、風、雷、氷、炎。万色の光が刃に宿り、空間を歪ませる。
ニャルベルトも杖の先に魔力を集める。熱気が陽炎を呼ぶ。リルリラの唇が滑らかに援護の呪文を詠唱し始めた。
「いくぞ!」
合図と共に私は駆けだした。魔狼は再び電撃を放つ。私は楯を構えて突進する。リルリラの呪文が私の周りに柔らかな膜を張り、それを和らげる。衝突! 確かな痛みが走る。が、怯まない。
雷を正面から突破し、私は剣を振り上げた。魔狼は一瞬、慄いたようだった。凝縮された理力の渦が魔獣のたてがみへと吸い込まれ、弾ける。フォースブレイク!
理気の流れが暴走し、バランスを失う。そこにニャルベルトが立て続けに三つ、メラガイアーの火球を振り下ろした。
過剰反応を起こした炎が大爆発を引き起こす。魔獣が初めて苦悶の呻きを漏らした。
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「今だ!」
私はそう叫びながら跳躍した。剣に光の理力を集め、振り下ろす。ギガブレイク!
光もまた暴走した理力と引き合い、光芒の瀑布となって魔狼を押しつぶす。鋭い爪が身体を支え切れず、前足がついに屈した。
「走れ!」
私が叫ぶより早く、猫とエルフは駆けだしていた。緑の光へ、一直線に。
私もまた走る。しんがりとして彼らの背をかばいながら、緑の光が二人の身体を転移せしめるのを見届ける。
背後に足音。
立ち上がった魔狼が凄まじい勢いで追ってくるのが分かった。
もはや駆け引きも戦術もない。ただ走る。全速力!
足音が大きく弾けた。魔狼の跳躍。私の頭上に鋭利な爪が振り下ろされる。
その刹那……
私の視界は真っ白な闇に包まれた。こちらに来た時と同じ、あの光。
私の身体は奇妙な浮遊感に包まれ、魔獣の咆哮は霧の彼方へと消えていった。