
「……これは恐らく、神話時代の遺跡でしょうね」
ドワーフは目の前の石碑と調査記録を照らし合わせ、そう結論付けた。
「神々の創り出した、特別な空間へと転移する装置と思われます」
「神々の…」
私は息を飲んだ。とんだ大物とぶつかったものである。
*
あの戦いの後、我々はどうにか謎の空間から抜け出すことが出来た。
信号弾に気づいた研究員たちも駆けつけ、にわかに調査が始まる。過去の調査記録によれば、この石碑を見つけたのはどうやら我々が最初ではなかったらしい。
「と、いっても詳細な記録はないんですけどね……隊長は自由ですから」
研究員が頭をかいた。燈火の調査隊の隊長、通称エックスさんとその仲間達が、過去に一度この遺跡を訪れたそうだ。その際、何らかの神秘的な体験をしたようなのだが……。
「何しろ神々の領域ですからね……。あまり詳しく報告するわけにもいかなかったようで」
「彼等にも事情はあるんだろう」
エックスさんの断片的な証言と目の前の石碑に刻まれた文字の解読、そして我々の体験を統合して、学者達が説をまとめていく。
碑文に刻まれていたのは、ゼニアスの神話だった。
遥かなる時代、ゼニアスの人々は互いに争い合い、歴史の中で破滅と再生を何度も繰り返していた。
主神グランゼニスは二人の女神に尋ねる。人類を平和に導くために、どうすればよいか、と。

女神ゼネシアは答えた。人類の共通の敵を用意すればよい。人類は一致団結し、互いに争い合うことはなくなるだろう、と。
そして彼女は一匹の獣を生み出した。
「つまり、我々が遭遇したのが、その……?」
「まさに、その神獣でしょう」
ドワーフは頷いた。
私は天を仰いだ。オーロラが笑う。道理で桁外れに強かったわけだ。あれでもまだ、本気ではあるまい。
「ですがゼネシア様の案は結局却下されて、神獣も本来の使命を果たすことなく、眠り続けたそうです」
「では、我々が訪れたのあの空間は?」
フム、と彼は頷く。
「恐らく神獣の寝床と思われます。本来、入れるのは神に許された人だけでしょうね。例えばエックス隊長とか」
「そんな場所に何故我々が……」
私は首をかしげた。許可をとった覚えはない。
「うーん、これは予測ですが」
と、ドワーフは頭をかく。
「装置の故障じゃないですかね」
「は?」
私は口をあんぐりと開けた。
「多分、隊長の時に久しぶりに使ったせいで切り替えに失敗したとか、そんな感じかと」
「そんな理由で?」
身体から力が抜けていく。手足にヘナトスをかけられた気分だ。
「あ、それと、何故神獣が招待された"客"と戦うのか、ですが」
と、彼は付け加えた。
「隊長の証言によると、役割を奪われた神獣がたまには遊びたいから、だそうです」
……なら、逃げる我々に追いすがってきたのは「もっと遊んで!」ということだったのか? あの神々しい魔狼が遊び盛りの仔犬か何かに思えてくる。

ヘナトスが二段重ねになった。刃砕きも加えようか……
そんな私に同情したのか、ドワーフが苦笑気味に付け加えた。
「まあ、あくまで仮説ですよ。ひょっとしたら故障じゃなくて、ミラージュさん達が神に選ばれた可能性もありますから」
「……その可能性に縋るとしよう」
髪の毛程のか細い可能性だが、装置の故障よりはまだ納得がいく。私はため息と共に肩を落とした。
と、隣に影が伸びる。リルリラだった。
「痛まない?」
彼女は私の肩に触れた。治癒を受けてなお、魔狼……否、神狼に刻まれた傷が、未だ残っている。私は多少無理をして笑みを浮かべ、肩をすくめようとした。激痛が走る。
「無理はイケマセン!」
彼女は両の掌を私の肩に押し当て、再び治癒の呪文を唱え始めた。だがその呪文よりむしろ、柔らかな掌の感触に、痛みが遠のいていくのを感じていた。ほっと安心するような感触だ。
「お前の方こそ、怪我はないのか?」
「……おかげ様で」
彼女は手の甲に額を押し付けるようにして頭を下げた。
「ありがとう。ごめん」
「別にお前が謝ることじゃあないだろう」
私は彼女を、そして彼女の纏った服を見た。この騒動で、あちこち乱れている。
私はそっと手を伸ばすと、背中の飾り布のねじれを直してやった。リルリラは、ちょっと驚いたようだった。私は苦笑いと共に彼女を見つめた。
「また服を汚させてしまったな」
「……おばか」
リルリラは少々ばつの悪い表情でそっぽを向いた。猫がわざとらしく、長い声で鳴いた。
どうやら強大な敵の存在が争いを収める、という女神の理論は、我がパーティにおいて局所的に証明されたようだ。
とうに日は落ち、波がさざめく。不可思議な色のオーロラが星に代わって夜のシュタールを彩っていた。