9 黒翳のアーシュラ①
数年前、獅子門――セバスの悪夢、戦いの日。
かつてアズール・プルミエを擁していた頃の機甲戦団がキラーマシン隊を率いて闇朱の獣牙兵団との戦闘を繰り広げた時、自陣へ流れてきた相手戦力を迎え撃っていたメギウス隊以外の三幹部は、それぞれ三手に分かれて進軍していた。
まずはジンオウ隊が正面への血路を開き、そこから正面担当のセバス隊が敵の総大将である闇朱の破砕将から極力被弾せず、可能な限り削り続ける。そこへ更に余計な敵戦力が流れ込まないよう、ジンオウ隊が左方エリア、シキョウが右方エリアを制圧したで正面に合流する――これがメギウスの立案した作戦であった。
果たして、戦局は作戦通りに展開。正面突破したジンオウ隊を迎え撃とうとした破砕将は、急に左方エリアへ方向転換したそちらに気を取られ、その後方から真打ちとして登場したセバス隊の縦横無尽の攻めに対応しきれずにいた。後は両翼のエリアをジンオウ隊、シキョウ隊がそれぞれ迅速に片付ければ、後は敵の援軍が現れる前に全戦力で破砕将を撃破するのみ。後は残ったキラーマシン部隊をフル動員し、総大将が斃れ統率を失った獣牙兵団を掃討しつつ、恐らくは近隣まで視察に来ているであろう魔物商人どもを見つけ出せれば完全勝利――そのはずであった。
事実、連中は今後も商品を売り込むためのデータを欲していたのだが、まさか自慢の獣牙兵団が早々に自陣まで突破されるとは思ってもいなかったのであろう――自らの目で強大なる獣牙兵団のパワーを確かめんがために、単独で自陣のすぐ近くにまで接近して来ていたウングラを発見したのは、今まさにセバス隊へ合流し、闇朱の破砕将へ挑まんとするジンオウであった。
魔物商人の頭目、ウングラ――頭部全体をフードで覆う深紫のマントの背中に覗く背びれから、ウェディの男性であることは判明しているものの、カラスのような黒い仮面で顔全体を覆っていることから、その正体は現在に至るまで謎に包まれている。
ジンオウは確かにウングラと目が合ったのだが、いち早くそれに気づいた向こうが後方の闇へと姿を消す。本来であれば作戦の最優先事項として、何を差し置いてでもウングラを追うべきジンオウであったが、セバスに一番槍を譲った破砕将とようやく戦えるという興奮に我を忘れており、何が起こったのかをまるで理解できていなかった。
「ボケがァ! 今のがウングラだろうがよォ!?」
距離がある反対側のエリアからシキョウが叫ぶも、全ては後の祭りでしかなく――
「う、うぬぅ……」
傍若無人なジンオウも流石に言葉が出ず、一度は二刀の柄に掛けた手をだらりと離して項垂れるばかりであった。
本来、敵の首魁がいきなり単独で目の前に現れたとなれば、それは僥倖以外の何物でもない。そこでジンオウが首尾よくウングラの首級を取っていればまさに殊勲ものであり、結果として戦団が非公式ながらもウェナの平和に大きく寄与した実績が残っていたはずである。そして、何よりも――
ジンオウが押し黙ったところに、再びディザイアからメギウスの声が静かに発せられる。
『ご理解いただけたなら何よりです。――しかし、それでもこれまで最前線で血と汗を流して戦ってくださったジンオウさんに、私は一つのチャンスをもって報いたいと考えています』
チャンス?――思わず視線を交差させるゼーエンとシキョウをよそに、ガバッと勢いよく顔を上げるジンオウ。
「おうおう、何でもやってやるぜ! 俺は何をすればいいんだ、メギウス!?」
少しの間をおいて、首領の指示が下される。
『……貴方には、これから紹介する後任の方と戦ってもらいます。貴方が勝てばこれまで通り特攻隊長をお任せし、更に今後は倍の報酬を約束しましょう。――お待たせしました、アーシュラさん』
その呼びかけに壇上の袖からヒールの音をカツンと響かせ、ジンオウの後任として姿を現したのは――全ての装備がエナメル質な漆黒で統一された、オーガの女性であった。
その目元は戦鬼の角を模したかのような仮面で隠されており、官能的なハイレッグカットの戦闘衣装にガーターベルトで固定されたメタリックなニーハイヒール。大鴉の翼を模したかのようなマントを長い金髪と共に靡せ、アーシュラと呼ばれた女性が壇上から舞い降りる。
そして、長く鋭い黒竜の爪が如き禍々しい槍――それを片腕に携えてツカツカと歩み寄ってくる姿は、メギウスが連れてきた新たなる幹部候補が決して只者ではないという風格を漂わせていた。
〜9 黒翳のアーシュラ②へ続く〜