9 黒翳のアーシュラ②
「ヒュウ、こりゃまたスゲェのが来たなァ……」
粗暴なジンオウとは何もかもが違い過ぎるオーガの女性を、シキョウが品定めするかのようにじっくりと眺める。ゼーエンも一目見た時点で、
(絶妙な調和で保たれている肉体、身にまとう肌がひりつくような空気……間違いなく達人クラスだ)
やがてジンオウとアーシュラが対峙し、その体格差から見下ろす前者と見上げる後者が、しばし無言で視線を戦わせる。ゼーエンとシキョウは壁際で行く末を見届けんとしており、それは壇上のディザイアから映像を転送されているメギウスも同様であった。
「おう、女。普段ならお前如きは見逃してやるところだが、今回はさっさとぶった斬って俺様の踏み台にさせてもらうぞ」
腕を組んて尊大に見下ろすジンオウだが、アーシュラの目線は全くぶれない。少しの間をおいて、彼女のオーロラに塗られた唇が艷やかに開かれる。
「見逃してしくじった男が、よく吠える……」
途端にジンオウの赤い顔が、更に赤黒い怒りの色で染まる。すぐさまニ刀の柄に手を掛け、
「ほざきおったな! バラバラに斬り刻んだ後で灰にしてくれるわ!」
炎の闘気が体中で燃え上がり、抜き放ったニ刀からも炎を噴出させる。自身の苛烈さをそのまま闘気に反映させたかのようなジンオウの類稀なる才であり、己が身一つでこの域に届く戦闘者は極めて少ない。
だが、燃え盛る闘気の圧を間近で受けてなお、アーシュラからは微塵の動揺も感じられないどころか、
「ディルゲニア侯爵の門弟の中では出来損ないだった貴様が、闘気だけは一丁前で喜色満面か?」
圧倒的優位を信じて疑わなかったジンオウの目が大きく見開かれ、その口元が忌々しげに歪む。そして、
「覚えておくがいい……世の中には、貴様の領域など既に通過点である相手が存在することを」
前傾姿勢で槍を構えたアーシュラの闘気が一瞬で爆発的な高まりを見せ――全身からは深紅の稲妻が具現化し、その槍に至るまで激しいスパークが放たれていた。
「こいつァ……とんでもねェな、こりゃあ」
シキョウの素顔を覆う般若の面も驚きまでは隠せず、ゼーエンもまた全身の震えを抑えきれずにいたものの、その一挙手一投足を見逃すまいと丹田に力を込めて踏ん張っている。
(やはり達人、あのジンオウに勝るとも劣らない強烈なオーラの顕現……!)
だか、最も驚愕したのはジンオウである。最大の強みであった闘気の具現化において、もはやそれがアドバンテージになり得ないといった事実に、彼は少なからず焦りを覚えていた。
(だが……この間合いなら、間違いなく俺の二刀が勝つ!)
やにわに交差した二刀を烈火の如く振り下ろすジンオウだが、既に姿勢を低くして槍を構えていたアーシュラ。槍と脚にまとわれた深紅の稲妻が更に激しく弾けた瞬間、跳躍と共に武神の一閃が炎の刃を斬り上げる――それは交差した二刀の一振りを甲高い金属音と共に砕き、もう一振りも刃こぼれが著しい状態にまで破壊していた。漆黒の翼をはためかせたムーンサルトで間合いを離して着地したアーシュラを前に、ジンオウが信じられないとばかりにわなわなと体を震わせる。
「お、俺の鍛え上げられた炎の剣が……!?」
自慢の刃を砕かれた衝撃冷めやらぬジンオウが、無残な姿に成り果てたそれを愕然とした面持ちで凝視する。その見事な後の先を目の当たりにしたシキョウが、
「ゼーエンさんよォ、ありゃ一体何てェ技だい?」
「槍スキルの奥義の一つ、武神の護法に近い――と思うが、あんなものは見たことがない……!」
自身も爪スキルの使い手であるゼーエンだが、例え魔装の力をフル活用したとしても、果たしてあの規模でのオーラバーストが可能かどうか――戦団の特攻隊長とは、これ程でなければ務まらないものなのか。
「ぬぅぅ……カァァッ!」
二刀を砕かれたジンオウが空間を震わせるほどの気合いを吐き、再び烈火の闘気を具現化させて両の剣を振り抜く――そこには砕けた刃の代わりに、闘気そのものが真なる炎の剣と化して燃え上がっていた。それを見たアーシュラが「ほう……」と小さく感嘆の声を漏らす。
「グハハハハ! 見たか、女! これほどの絶技、例え侯爵殿でも操れまい! 要は剣術など力こそが全てというわけよ!」
〜9 黒翳のアーシュラ③へ続く〜