10 執事と魔女と魔法戦士と①
――そして、夜が明けた。
執事の朝は早く、実際は夜明けよりも少し前から、セバスは既に身支度を整えて活動を開始していた。昨夜からエリミリアの隠れ家で世話になっている身であり――実際はセバスがエリミリアの世話をしているのだが、一晩の宿を提供してくれた〈主人〉をも完璧にサポートしてこその執事である。
そこで彼はエリミリアがまだ眠っている間に、私室や研究室以外の清掃を完璧に済ませ、更には早朝の市場で買い足した食材で朝食の準備をするまでに至っていた。その効果は凄まじく、ピンクのおやすみワンピース姿で寝ぼけながらお手洗いに起きてきたエリミリアが、サイフォンから漂うコーヒーの芳しい香りに鼻腔をくすぐられ、ピカピカに磨きあげられたキッチンやトイレの眩さで完全に目覚めてしまうほどであった。
「おはようございます、エリミリアさん」
寝起き直後の彼女は若干の気恥ずかしさを覚えつつも、焼きたてパンに新鮮な野菜サラダ、黄身が絶妙な焼き加減の目玉焼き、パリッと焼き上げられて中はジュワッと肉汁溢れるソーセージ――これら全てを美味しくいただいたエリミリアは、満足気に食後のコーヒーを楽しんでいた。
「昨夜はお楽しみさせてもらっちゃったし、何かお礼をしたいと思うのよねぇ〜」
昨日と比べて、明らかに顔が艷やかなエリミリア。肩や腰も軽くなっており――昨夜セバスが彼女に施したゴールドフィンガー級のマッサージは、研究で凝り固まっていた体に夢心地のような快感をもたらしていた。
「お気遣いは無用でお願いします。私こそ、エリミリアさんにはいつもお世話になっておりますので」
丁重に断るセバスだが、エリミリアの次の提案はそれを覆すものであった。
「連中の手掛かり、今んとこ無いんでしょ? 拠点を当たるにしてもランダムだろうしさ〜。ヴェリの魔法戦士団に連中を追ってるのが一人いるから、まずはそいつを紹介したいんだけど……この綺麗なお姉さんとデートがてら、どう?」
確かにヴェリナード魔法戦士団であれば各地へ派遣される関係上、戦団の情報もある程度は把握している可能性が高い。ましてや、メインで追っている人物であれば尚更だ。
「ありがとうございます、お言葉に甘えさせてください。このセバス、本日はエリミリアさんをしっかりお守りいたします」
「アハッ♪ よろしくね、私の執事さん♪」
いそいそと身支度を整えに自室へ戻るエリミリアを見送り、セバスが銀縁眼鏡の位置を直して気持ちを整える。最悪、片っ端から戦団の拠点をしらみ潰しに当たるしかないと考えていたが――
(エリミリアさんが繋いでくれた糸……これで点と点を結び、必ずマスター・メギウスへと辿り着いてみせる)
かつての主の真意を知り、過去に決着をつける――それが現在の主であるクロムやプクリポリタウンに集う皆の笑顔を守ることにもつながると信じ、彼はウェナブルーとして戦い続ける誓いと決意を新たにしていた。
狭いながらもゴシックインテリアな自室で寝間着を脱いだエリミリアが、肩口から胸にかけて巻かれていた包帯を外す――そこに傷痕は一切残されておらず、黒騎士から受けた刀創は完全に回復していた。
(これでダメだったら、るーみー先生にベホイムかリベホイムをお願いするしかなかった……ほんっと、よくもこの私に剣を向けてくれたものだわ)
黒い家具の中で白い裸身をうっすらと浮かび上がらせ、彼女は黄昏時の襲撃を忌々しげに振り返る――セバスと楽しげに過ごしていた先程とは一転して、その表情は暗黒の魔女に相応しい闇を浮かべていた。そのまま鏡台の前に腰掛け、波打つゴールデンブロンドの髪をブラッシングし始める。
(ん〜……とはいえ、彼のスペアは存在しない。今後も私がイニシアティブを握った上で、これまで通りの関係を維持することが最優先。仕事に私情を差し挟まないのがイイ女ってものよね)
薄紫の口紅を差し、ハート型の黒い香水の瓶を首筋と耳の裏にシュッと一吹きしながら、
(それに財布を握っている側とは、まだまだ友好関係を維持しておくのが得策。私が表立って行動するのは、もうしばらく控えるとしましょうか)
物憂げにため息をついた後――魔女の口角に再び笑みが戻る。立ち上がったエリミリアは、自身の美貌を再確認するかのように鏡に向かってウィンクし、セクシーなポージングで呟くのであった。
「だから……一緒に頑張ろうね、セバスちゃん♪」
〜10 執事と魔女と魔法戦士と②へ続く〜