思い出、11
むかし どこで開かれたオリンピックだったろうか
何十年も前のこと
その時 オリンピックの柔道無差別級の決勝戦で
親友同士の対決になった。
かたや 東(ひのもと)の狼 嵐山源太郎 かたや黒き獅子 ジョン・フレデリック。
東(ひのもと)柔道とメリ合州国柔道の対決
小柄な嵐山源太郎は 大外刈りを放った
優位だったはずの 巨人のジョン・フレデリックの黒い身体が宙を舞った。
・・・・・・
審判は嵐山の勝利を認め 嵐山源太郎の金メダルが確定した。
しかしジョン・フレデリックは起き上がらなかった・・・・・二度と・・・・動かなかった。
彼を調べた審判が叫び、彼の心臓停止を叫び、すぐに待機していた医師団がジョン・フレデリックの心臓マッサージを行った。
その時間は無限に思われ、オリンピック会場は彼の心臓が再び動き出すことを願い、全観客が物音一つ立てなかった。
しかし、願いは届かなかった。
ジョン・フレデリックの遺体が運ばれ 表彰式が執り行われる・・・・はずだった。しかし それ以前の正々堂々とした試合ぶりは・・・・・
痛めたジョン・フレデリックの左足を決して攻めなかった源太郎の戦いぶりはオリンピック史上に残る素晴しいものだった。・・・・・・だれも非難しなかった嵐山源太郎の姿はどこにもなかった。
「テロリストが侵入したのでは?」と誰かが叫び
オリンピック会場はものものしい警官の捜索が行われたが、嵐山源太郎の姿はどこにもなかった・・・・・・
それから1か月後、小姑島の砂浜に 見知らぬ一人の男が朝からずっと座っていた。
もう夕方だが男はそのまま みじんも動こうとはしなかった。
だれかが 「嵐山源太郎に似てるね?」といったが
「まさか」とだれかが返した。
坊主頭に太い黒ぶち眼鏡、小柄だが中肉中背のがっしりした姿がトレードマークだった嵐山源太郎には彼は似ても似つかなかった。
砂浜に座ってる男は、眼鏡はなく、やせ細り、無精ひげとぼさぼさの伸び放題の髪の毛の男だったのだ。
ここらで一番の海女とみんなに言われていた19歳の一ノ瀬小夜子は その男のことがとても気になった。
すごく大きなおにぎりを2個と小さな水筒にお茶を入れてちいさな風呂敷に包み、男に近づくと そっと「これあげる」と渡した。
びっくりして ふりかえった男に小夜子はニコリと笑いかけた。
・・・・・・・・・
きれいな夕焼け空を観ながら 縁側に一ノ瀬源太郎と小夜子が座り、お茶を飲んでいる。峰子の赤ん坊の時の写真がどこからか見つかった。
それを見ながら
源太郎「あいつが東帝都大学の物理学科を受験したいと言ったときはホントに驚いたなあ。」
「そうですね」と小夜子
源太郎「でも がんばっておいでと行かせて良かったな」
小夜子「そうですね」
縁側から見える砂浜は 昔と変わらず夕日を受けて光輝いている。
源太郎は緑と渚にだけ 密かに自分の柔道を伝えた。それ以外、彼は二度と柔道をすることはなかった。