到着から一日。
事前に申し入れておいたとはいえ、住民たちの受け入れは円滑そのものだった。
中央広場の一角に市が設けられ、異国の品が町を飾り立てる。住宅街の窓から好奇の視線が広場に降り注いだ。
ムニエカの住宅街は外周の高台に沿って円を描くように作られている。色とりどりのレンガの屋根がぐるりと立ち並ぶ。広場はその中央、谷間のように周囲を見上げる広々とした区画に設置されていた。最も目立つ好立地というわけだ。

「結構な待遇だな」
私は交易品を即席の棚に並べながら隣のエルフに声をかけた。
「それだけ刺激に飢えてたってことでしょ」
昨日の歓迎も凄かったもんね、と続けつつ、エルトナ由来の絵本や説話集をテンポよく並べていく。サバ缶は無し。ここでは食料は売り物にならない。各国の文化を示す衣服や織物、絵画に本、彫刻に遊戯盤、それにドワーフたちの持ち込んだ機械類が主力商品だ。ターンテーブルを回るボールに、ニャルベルトが視線を奪われる。
「織物はこちらに並べておきますね」
と、隣の区画で手を振るのは神官エステラだった。リルリラが手を振り返す。見事な刺繍が施された絨毯や布飾り、装飾品がずらりと並ぶ。これはアストルティアの品でも、ナドラガンドの品でもない。リズク王の手配である。

アマラークの賢王リズクは我々のムニエカ行きを知るや否や、自国の名産品をキャラバンに提供した。なんと無償である。王は快活な笑顔と共に語った。
「ゼニアス全土の復興を考えるならばタービアの外にも目を向ける必要がありますからね」
交通と流通網の掌握。その第一歩というわけだ。
「ただし、一つお願いしたいことが」
と、王は静かな瞳に強い意思を湛えて我々を見つめた。
「アマラークの名は、まだ出さないでいただきたいのです」
理智を秘めた強固な光がそこにあった。
人形の町、ムニエカ。命なき賑わい。やがて滅びゆく世界。そこに触れることが何を意味するのか。
国家としての方針を軽率に定めるわけにはいかない。まずは観察のターン、というわけだ。
アマラークの商人や役人も、今回のキャラバンには参加していない。だが物品を預かった以上、我々には報告義務が生じる。影に徹しながらの情報収集。朗らかな笑顔の下で、王の頭脳は冷徹に算盤をはじいていた。
「さっすが王様、やり手だねえ」
頷きながら市を見回すのはナブレット団長。
「それにこの織物のチョイスなんざ、いいセンスじゃねえか」
品よく整えられた刺繍の間をピンクのシルクハットが流れていく。私は棚卸しの手を止めてその様子を窺った。
彼がこのキャラバンに志願したのは私にとっては意外なことだった。エステラ嬢もそうだが、彼らは一度探索を終え、それぞれの持ち場に戻っていたはずだからだ。
ましてナブレット団長はムニエカを「終わった町」とみなす言葉を報告書に残していた。それがどういう風の吹き回しで、交易目的のキャラバンに参加したのか……
団長は帽子を目深にかぶり直す。プクリポ族の細い目から表情を読み解くのは難しかった。

*
客足は、決して悪くはなかった。
リルリラが並べていた絵本などは特に売れ行きがよろしい。異国文化に触れる第一歩として、絵と文字の並んだ絵本は合理的だ。楽器の類も喜ばれた。音楽に言葉の壁は無い。半分冗談のつもりで持ってきたバトエンも好評である。何やら懐かしい気分になるそうだ。
だが我々の頭を悩ませたのは、対価として受け取る金銭の方だった。
使えますか? と首をかしげながら住人達が取り出したのは、見るからに古びた貨幣の数々だった。倉庫から引っ張り出してきたという印象だ。流通した様子はない。大半は研究室ゆきだろう。
どうやら停滞と安寧の時代はこの街から貨幣経済という概念をすっかり奪い去ってしまったようだ。
産業らしい産業もない。何しろ誰もが飲まず食わずで生きていけるのだから。発達したのは壁や家屋の修繕技術、それに歌と踊りぐらいのものだった。
ドワーフの調査員たちが輸入品の選定に頭を悩ませる。強いて言えば町のそこかしこに飾られた人形の細工は見事なものだったが……
「町の歴史を考えるとちょっと……売ってくれとは言いづらくて」
馬車の背に目をやる。持ち帰るべき輸入品はいまだ空っぽだった。首を捻る。
キン、と空を切り裂くような音が響いたのはその時だった。
続いてけたたましい奇声。
「チュピ~~ッ!!」
「何だ!?」
私は咄嗟に腰の剣に手をかけ周囲を見回した。風が商品棚を襲う。調査員が困惑し、人形達が顔をしかめる。
「あれは……」
「誰か止めて~~!!」
少年の甲高い声が広場に響き渡る。
そして広場に躍り出たのは、小さく奇怪な、そして機械的な身体を持つ一羽の鳥だった。