「チュピーーッ!!」
と鳴くのは、木製の翼をはためかす丸い鳥。
「待てーーーー!!」
と追いまわすのはエルフの娘。
「ニャーーーーーッ!!」
杖の先に炎を灯すのは猫魔道。
「あぁっ、燃やしちゃダメですよ!」
警告の声をあげたのは、全身鎧に身を包んだ淑女であった。私は渋面を作りながら空を見上げた。
「ネジ一つ緩むと、これか!」
弓に矢をつがえ、弦を引き絞る。その足元に少年が縋り付いた。
「殺さないで!」
私は苦り切った顔に無理やり笑みを浮かべてその小さな瞳に答えた。
「ちょっと大人しくしてもらうだけさ。殺したりはしない」
壊すかもしれないが、という言葉は飲み込んでおく。
狙いを定める。私の目が、はばたく茶色の翼を捉えた。全身木製パーツで製造された機械鳥。
「チュピちゃん……」
少年は不安げな顔でそれを見守っていた。

*
市場に乱入してきたのは、人形師エドアルドが作ったという機械の鳥、通称チュピちゃんだった。おとなしい小鳥で、決してモンスターの類ではない、らしいのだが……
「エドアルドさん恋しさにたまに暴れだすことがありまして……」
とは住民の解説である。
「大丈夫!ネジを締めれば大人しくなるから!」
少年は断言する。母親らしき鎧の淑女が肯定的にうなずく。問題は、超高速で飛び回る機械鳥のネジをどうやって締めるか。アイディアは随時募集中だ。
走り疲れたリルリラが座り込む。
「早く止めないと市場、滅茶苦茶になっちゃうよ」
地面にばらまかれた絵本がでたらめな物語を語りだす。昔々あるところに、怪我をした鶴がガラスの靴をなくして困っていたところに猿が柿を投げつけたのでおじいさんが傘をかぶせると月から落ちたかぐやムーンがおむすびころりんどんぶらこ……
「壊さないように撃ち落すしかないな」
私は弓を弾き絞った。矢じりに凍てつくような冷気がまとわりつく。アイスフォース! 軌道上に狙いを定め、弦を弾く! 凍気を宿した矢はしかし、急角度で旋回する機械鳥の軌道に翻弄され、空に吸い込まれていった。旋回の際に巻き込んだ屋根がレンガをまき散らす。
「これは……広場の外に出すと、被害が拡大しますね」
エステラは杖の尻で石畳を叩き、何事か唱えつつ陣を敷く。広場のフチを壁のような稲妻が覆った。おおっ、と住民たちがその様子にざわめく。チュピちゃんは雷雲を避け、広場の上で旋回を繰り返す。私は再び弓をつがえた。軌道はかなり絞られたが、なおも不規則に向きを変え続ける機械の翼は難敵だった。あと一歩、動きを縛りたい。
ひょいと進み出たのはナブレット団長だった。座り込んだリルリラに飲み物を差し出しながら顔をのぞき込む。
「僧侶の嬢ちゃん、ちょいと風を操れねえか?」
「え、風ですか?」
ううん、と首をかしげるエルフは、ハッと何かに気づいたように飛び起きた。小走りに私の隣に駆け寄るとステッキを短く持ち替える。
「ミラージュ、私ちょっとやってみる!」
リルリラは大きく息を吸い込むと瞳を閉じ、歌うように呪文を紡ぎ始めた。
「……母なる風よ、麗しきエルドナよ、いと高きその吐息を涼風とかえて我が元にもたらしたまえ……」

リルリラが手首を捻ると、小杖の先の花飾りが円を描いて揺れる。それが振動に変わり、魔力へと変わる。短く息を吐き、エルフはそれを天へと解き放った。
「……バギマ!!」
風が渦を巻いて空を舞う。真空呪文!
古の僧侶たちは大気を自在に操ったという。その手法が現代の僧侶たちに伝えられたのは、つい最近のことだった。
チュピちゃんは突然の気流にバランスを崩す。リルリラはアーモンド形の瞳に喜色を浮かべ、指揮者のように腕を交差する。
「エルドナよ、いまひとたびの息吹を我が手に……バギ、クロス!」
もう一つの渦が十字を描くように機械の翼に迫る。チュピちゃんがそれを避け、一直線に高度を下げるのは自然の成り行きだった。予測可能な軌道。
今度は外さない。

風を切る射撃音。私の放った矢が木製の翼を掠めてすれ違った。わずかな傷口はしかし、瞬時に凍り付き、羽ばたきを封じる。
きりもみ回転をしながら機械鳥は墜落していく。狙い通りだ。
まずい点があるとすれば、その墜落地点に馬車が停めてあったことだろうか。
「危ないッ!!」
と、誰かが即座に動いていた。赤く輝く全身鎧。フル・プレートアーマーに身を包んだ淑女が馬車と鳥の間に割り込んでいた。そのままがっしりと墜落するチュピちゃんを受け止める。熟練のパラディンもかくやという見事な動きであった。
「お母さん!」
少年が駆け寄る。淑女はフルフェイスヘルムの奥から優しいまなざしを返す。
木製の鳥は彼女の腕の中で、目を回してぐったりとしていた。